『ロバート・デ・ニーロの ブルーマンハッタン/BLUE MANHATTAN Ⅰ・哀愁の摩天楼』解説|どんな映画?あらすじ・キャスト・魅力まとめ

映画『ロバート・デ・ニーロの ブルーマンハッタン/BLUE MANHATTAN Ⅰ・哀愁の摩天楼』(1970)を紹介&解説。


映画『ロバート・デ・ニーロの ブルーマンハッタン/BLUE MANHATTAN Ⅰ・哀愁の摩天楼』概要

映画『ロバート・デ・ニーロの ブルーマンハッタン/BLUE MANHATTAN Ⅰ・哀愁の摩天楼』は、ブライアン・デ・パルマ監督が、ベトナム帰還兵の青年を主人公に、覗き見、映画製作、人種問題、政治運動、テレビメディアなど1970年前後のニューヨーク社会を風刺するブラックコメディ。1968年の『ロバート・デ・ニーロの ブルーマンハッタン/BLUE MANHATTAN Ⅱ・黄昏のニューヨーク』でロバート・デ・ニーロが演じたジョン・ルービンを再び主人公とする続編で、ポルノ映画の撮影を試みる青年の日常から、過激な実験演劇や政治活動へと物語が変化していく。共演はアレン・ガーフィールド、ジェニファー・ソルト、ララ・パーカー、チャールズ・ダーニングら。

作品情報

日本版タイトル 『ロバート・デ・ニーロの ブルーマンハッタン/BLUE MANHATTAN Ⅰ・哀愁の摩天楼』
原題 Hi, Mom!
製作年 1970年
本国公開日 1970年4月27日
日本公開日 劇場未公開・ビデオ発売
ジャンル コメディ/ドラマ
製作国 アメリカ
原作 無
上映時間 87分
監督・脚本 ブライアン・デ・パルマ
製作 チャールズ・ハーシュ
撮影 ロバート・エルフストロム
編集 ポール・ハーシュ
作曲 エリック・カズ
出演 ロバート・デ・ニーロ/アレン・ガーフィールド/ジェニファー・ソルト/チャールズ・ダーニング/ララ・パーカー/ゲリット・グレアムほか
製作 ウェスト・エンド・フィルムズ
配給 シグマIIIコーポレーション(米国)

あらすじ

ベトナムからニューヨークへ戻ってきたジョン・ルービンは、安アパートに部屋を借り、向かいの高層住宅で暮らす人々をカメラで撮影し始める。成人映画の製作者ジョー・バナーに映像を売り込んだジョンは、向かいに住むジュディ・ビショップに目を付け、彼女へ接近。一方、やがてジョンは周囲の政治活動家や実験演劇の一座とも関わるようになり、彼の日常は個人的な覗き見から社会や政治を巻き込んだ過激な世界へと変化していく。

主な登場人物(キャスト)

ジョン・ルービン(ロバート・デ・ニーロ):ベトナムから帰還した青年で、自称映画作家。アパートから向かいの住人を盗撮し、映像を作品として売ろうとする。前作『Greetings』から引き続き登場する主人公。

ジョー・バナー(アレン・ガーフィールド):成人映画を扱うプロデューサー。ジョンが企画する覗き見映画に興味を示す。

ジュディ・ビショップ(ジェニファー・ソルト):ジョンが向かいの建物から見つけた女性。撮影対象として目を付けられた後、ジョン本人から接近される。

ゲリット・ウッド(ゲリット・グレアム):ジョンの周囲にいる政治的な活動家。社会問題を題材にした過激なパフォーマンスへジョンを巻き込んでいく。

アパートの管理人(チャールズ・ダーニング):ジョンが暮らすニューヨークのアパートを管理する男。

作品の魅力解説

後年とはまったく違う、デ・パルマとデ・ニーロの初期作品

『キャリー』『殺しのドレス』『アンタッチャブル』などのサスペンスで知られる以前のブライアン・デ・パルマと、『タクシードライバー』『ゴッドファーザー PART II』以前のロバート・デ・ニーロが組んだ初期作品。低予算のインディペンデント映画らしい自由さの中で、政治風刺、ブラックコメディ、実験映画的な映像表現を次々と試している。

ジョン・ルービンという人物も興味深い。社会に馴染めず、カメラ越しに他人の生活を覗きながら、自分自身も政治やメディアの世界へ入り込んでいく。後年デ・ニーロが『タクシードライバー』で演じるトラヴィス・ビックルを連想させる、都市の中を漂流する危うい青年像の原型を見ることもできる。

映画そのものが姿を変える「Be Black, Baby!」

特に知られるのが、劇中の実験演劇「Be Black, Baby!」を描く一連のシークエンス。白人観客に人種差別を疑似体験させようとする過激なパフォーマンスを、手持ちカメラと粗いモノクロ映像によるドキュメンタリー風のスタイルで撮影している。

笑っていいのか、本当に演技なのかさえ不安になるほど虚構と現実の境界を崩していく構成は強烈。現在の視点では極めて刺激の強い表現も含むが、観客、俳優、カメラ、テレビという“見る者/見られる者”の関係を逆転させるデ・パルマの実験性が凝縮されている。

覗き見、テレビ、政治運動――後年のデ・パルマにもつながる視線

物語は覗き見映画から恋愛、実験演劇、政治運動へと脈絡なく転がっていくように見える。しかし一貫しているのは、カメラやテレビを通して他人を見る行為への関心だ。覗くジョン自身が演者となり、その姿がさらに別のカメラによって記録されていく。

整然とした物語よりも、1960年代末から70年代初頭のニューヨークの空気を丸ごと風刺することを優先した作品であり、後年繰り返されるデ・パルマの“視線”やメディアへの執着を知るうえでも重要な初期作となっている。

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