映画『グランド・ブダペスト・ホテル』(2014)を紹介&解説。
映画『グランド・ブダペスト・ホテル』概要
映画『グランド・ブダペスト・ホテル』は、『ムーンライズ・キングダム』『ダージリン急行』などのウェス・アンダーソン監督が、名門ホテルのコンシェルジュと新人ベルボーイの冒険を描いたミステリー・コメディ。架空の国ズブロフカを舞台に、殺人事件、名画の相続、莫大な遺産を巡る争いが、独創的な映像美とブラックユーモアを交えて展開する。
主演はレイフ・ファインズ。共演にはトニー・レヴォロリ、エイドリアン・ブロディ、ウィレム・デフォー、シアーシャ・ローナン、ジュード・ロウ、ティルダ・スウィントンら豪華キャストが集結した。オーストリアの作家シュテファン・ツヴァイクの著作に着想を得ており、消えゆくヨーロッパ文化への郷愁も物語の奥に流れている。
第87回アカデミー賞では作品賞、監督賞、脚本賞など同年最多タイとなる9部門にノミネートされ、美術賞、衣装デザイン賞、メイクアップ&ヘアスタイリング賞、作曲賞の4部門を受賞した。
作品情報
| 日本版タイトル | 『グランド・ブダペスト・ホテル』 |
|---|---|
| 原題 | The Grand Budapest Hotel |
| 製作年 | 2014年 |
| 本国公開日 | 2014年3月7日 |
| 日本公開日 | 2014年6月6日 |
| ジャンル | コメディ/ドラマ/ミステリー |
| 製作国 | アメリカ/ドイツ |
| 原作 | 無(シュテファン・ツヴァイクの著作に着想) |
| 上映時間 | 100分 |
| 監督・脚本 | ウェス・アンダーソン |
|---|---|
| 原案 | ウェス・アンダーソン/ヒューゴ・ギネス |
| 製作 | ウェス・アンダーソン/スコット・ルーディン/スティーヴン・レイルズ/ジェレミー・ドーソン |
| 製作総指揮 | モリー・クーパー/クリストフ・フィッサー/ヘニング・モルフェンター/チャーリー・ウォーベッケン |
| 撮影 | ロバート・D・イェーマン |
| 編集 | バーニー・ピリング |
| 美術 | アダム・ストックハウゼン |
| 衣装デザイン | ミレーナ・カノネロ |
| 作曲 | アレクサンドル・デスプラ |
| 出演 | レイフ・ファインズ/トニー・レヴォロリ/F・マーレイ・エイブラハム/マチュー・アマルリック/エイドリアン・ブロディ/ウィレム・デフォー/ジェフ・ゴールドブラム/ジュード・ロウ/ハーヴェイ・カイテル/ビル・マーレイ/エドワード・ノートン/シアーシャ・ローナン/ジェイソン・シュワルツマン/レア・セドゥ/ティルダ・スウィントン/トム・ウィルキンソン/オーウェン・ウィルソン |
| 製作会社 | フォックス・サーチライト・ピクチャーズ/インディアン・ペイントブラシ/アメリカン・エンピリカル・ピクチャーズ/スタジオ・バーベルスベルク |
| 配給 | フォックス・サーチライト・ピクチャーズ/20世紀フォックス映画(日本) |
あらすじ
1968年、かつてヨーロッパ随一の高級ホテルとして栄えた「グランド・ブダペスト・ホテル」を訪れた若い作家は、ホテルの所有者ゼロ・ムスタファから、その知られざる過去を聞く。
時は1932年。ホテルを取り仕切る名物コンシェルジュ、グスタヴ・Hは、完璧な接客と優雅な振る舞いによって宿泊客から絶大な信頼を寄せられていた。新人ベルボーイとして雇われたゼロは、グスタヴの指導を受けながら、彼の忠実な弟子となっていく。
ところが、グスタヴと親しかった富豪マダムDが突然死亡。彼女が遺言によって高価なルネサンス絵画をグスタヴに譲ったことから、息子ドミトリをはじめとする遺族との相続争いが勃発する。やがて殺人の容疑までかけられたグスタヴは、ゼロと力を合わせ、事件の真相を明らかにするための逃避行へ乗り出す。
主な登場人物(キャスト)
グスタヴ・H(レイフ・ファインズ):グランド・ブダペスト・ホテルを取り仕切る伝説的なコンシェルジュ。細部まで行き届いた接客と優雅な立ち居振る舞いを信条としており、多くの常連客から愛されている。マダムDの遺産を受け取ったことで、殺人事件と相続争いに巻き込まれる。
ゼロ・ムスタファ(トニー・レヴォロリ/F・マーレイ・エイブラハム):グランド・ブダペスト・ホテルに新人ベルボーイとして雇われる少年。故郷から逃れてきた移民で、グスタヴの弟子兼相棒として行動する。老年期のゼロをF・マーレイ・エイブラハムが演じ、若い作家にホテルの過去を語る。
アガサ(シアーシャ・ローナン):菓子店メンドルで働く見習い職人で、ゼロの恋人。菓子作りの技術と勇気を生かし、危機に陥ったグスタヴとゼロを助ける。
ドミトリ(エイドリアン・ブロディ):マダムDの息子。母親の莫大な遺産を手に入れようとし、名画を譲られたグスタヴを激しく敵視する。
J・G・ジョプリング(ウィレム・デフォー):ドミトリに雇われた冷酷な殺し屋。ほとんど表情を変えないまま、事件の関係者を次々と追い詰めていく。
マダムD(ティルダ・スウィントン):グランド・ブダペスト・ホテルの常連客である大富豪。グスタヴと長年親しい関係にあり、遺言によって貴重な絵画「少年と林檎」を彼に贈る。
ヘンケルス(エドワード・ノートン):マダムD殺害事件を捜査する軍警察の警部。容疑者となったグスタヴとゼロを追跡する。
コヴァックス(ジェフ・ゴールドブラム):マダムDの遺産を管理する法律家。遺言を巡る不審な動きに気づき、独自に調査を始める。
若い作家(ジュード・ロウ):1968年のグランド・ブダペスト・ホテルを訪れ、老年期のゼロからホテルとグスタヴにまつわる物語を聞く。
作品の魅力解説
グスタヴとゼロが築く唯一無二の歳の差バディ
物語の中心にあるのは、名物コンシェルジュのグスタヴと、新人ベルボーイのゼロが築いていく奇妙で温かな関係だ。経験も年齢も立場も異なるふたりは、最初こそ上司と部下として出会うが、殺人事件や脱獄、逃亡を共にする中で、師弟や相棒という言葉だけでは表せない強い信頼で結ばれていく。
徹底した美学を貫くグスタヴと、彼の無理難題にも懸命についていくゼロの掛け合いはユーモラスでありながら、物語が進むにつれて切実な感情を帯びていく。奇妙で素敵で、少しスリリングな冒険の中に、人と人とのつながりを描いた普遍的なドラマが息づいている。
何度観ても浸りたくなる圧倒的な世界観
左右対称の構図、計算されたカメラ移動、紫や赤、ピンクを中心とする大胆なカラーリング、凝った衣装や小道具など、ウェス・アンダーソン監督の美学が全編に凝縮されている。ホテルの外観には大型のミニチュアが用いられ、内部の撮影ではドイツ・ゲルリッツにあった旧百貨店の建物が活用された。
物語の時代に応じて画面のアスペクト比が切り替わる点も特徴的だ。1930年代、1960年代、1980年代以降を異なる画面サイズで表現することで、観客は説明されなくても、幾重にも重なった物語の現在地を感覚的に理解できる。
華やかな1930年代のホテルと、往時の面影を失った1960年代のホテルの対比は、単なるデザイン上の遊びではない。美しかった時代が少しずつ遠ざかっていく寂しさを、建築、色彩、衣装、画面構成そのものによって伝えている。
スリラーをドタバタ劇に変えるコメディセンス
本作には殺人、追跡、脱獄、銃撃戦といった、ウェス・アンダーソン作品としては比較的スリリングで、ときに恐ろしい要素も盛り込まれている。しかし、緻密な構図、唐突な編集、淡々とした会話、登場人物たちの大真面目な振る舞いによって、危険な場面すらテンポのよいドタバタ劇へと変換されていく。
雪山で繰り広げられる追跡や、ホテル内で勃発する銃撃戦にも、物理的な危険と視覚的なユーモアが同居している。ブラックな出来事を扱いながら、残酷さだけに傾かせない監督のコメディセンスが光る作品だ。
ウィレム・デフォーが放つ“静かに荒々しい”恐怖
殺し屋ジョプリングを演じるウィレム・デフォーは、オールスターキャストの中でも強烈な存在感を残す。『ライフ・アクアティック』で見せた愛嬌のある姿から一転し、何をしでかすか分からない“静かに荒々しい”雰囲気によって、登場するだけで画面に緊張をもたらしている。
大げさに怒鳴ったり感情を爆発させたりせず、無言のまま相手を追い詰めていく姿が恐ろしい。一方で、その暴力さえウェス・アンダーソン特有のリズムと画面設計に組み込まれ、恐怖と笑いが紙一重の場面として成立している。
わずかな登場さえ贅沢に感じさせる豪華キャスト
レイフ・ファインズを中心に、エイドリアン・ブロディ、ウィレム・デフォー、ジェフ・ゴールドブラム、ビル・マーレイ、エドワード・ノートン、ティルダ・スウィントン、ジェイソン・シュワルツマン、オーウェン・ウィルソンら、ウェス・アンダーソン作品でおなじみの俳優たちが集結。
さらにジュード・ロウ、シアーシャ・ローナン、ハーヴェイ・カイテル、レア・セドゥらも参加している。ひとりひとりの登場時間は必ずしも長くなく、特にレア・セドゥのように驚くほど短い出番で起用されている俳優もいる。しかし、その贅沢な配役が、ホテルを中心に広がる群像劇の密度を高めている。登場人物それぞれの場面を何倍にも増やしてほしくなるほど、俳優陣の個性が詰まった作品である。
架空の国に独自の音を与えるサウンドトラック
音楽を担当したのは、ウェス・アンダーソン監督と『ファンタスティック Mr.FOX』『ムーンライズ・キングダム』でも組んだアレクサンドル・デスプラ。バラライカ、ツィンバロム、ツィター、アルプホルンなどを取り入れ、実在しない国ズブロフカに中央・東ヨーロッパを思わせる独自の音楽文化を与えている。
軽快でせわしないリズムは、グスタヴとゼロの逃亡や追跡劇を勢いよく運ぶ一方、物語の奥にある郷愁や喪失感も表現する。映像と切り離せないほど個性的な音楽は高く評価され、デスプラに自身初となるアカデミー作曲賞をもたらした。
華やかな冒険の奥に流れる、失われた時代への哀悼
華やかな色彩とコミカルな冒険に目を奪われる一方、その背景では戦争とファシズムの影が次第に広がっていく。礼儀や教養、美しいものを愛する心を守ろうとするグスタヴの姿は、失われつつある古いヨーロッパの価値観そのものにも重なる。
物語は複数の語り手と時代を介して伝えられるため、観客が目撃するのは出来事そのものというより、誰かの記憶の中に残されたホテルと人々の姿である。何度観ても楽しく、同時にどこか切ない。洒落た群像コメディであると同時に、失われた世界と、それを記憶する行為についての物語でもある。
批評家から高く評価されたウェス・アンダーソンの代表作
第87回アカデミー賞では9部門にノミネートされ、美術賞、衣装デザイン賞、メイクアップ&ヘアスタイリング賞、作曲賞を受賞。ウェス・アンダーソンならではの映像美、ブラックユーモア、群像劇、感傷が高い完成度で結びついた、監督の代表作のひとつである。
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ライター/エディター/映画インスタグラマー。2019年に早稲田大学法学部を卒業。東京都職員として国際業務等を経験後、ライター業に転身。各種SNS(Instagram・X)やYouTubeチャンネル「cula 見て聞く映画マガジン(旧:アルテミシネマ)」においても映画や海外ドラマ、音楽といったカルチャーに関する情報レビューを発信している。
