新作映画『ラスト・サバイバー』 を紹介&解説するレビュー。
『ブレードランナー』『エイリアン』の巨匠リドリー・スコットが、ピーター・ヘラーの世界的ベストセラーを映画化した『ラスト・サバイバー』(8月28日(金)日本公開)。謎のパンデミックで人類の大半が滅び去った終末世界を舞台に、ジェイコブ・エロルディ、マーガレット・クアリー、ジョシュ・ブローリン、ガイ・ピアースら豪華キャストが集結した。荒廃した世界で希望を追い求める男と、その傍らに寄り添う一匹の犬の物語だ。ここでは、圧巻の世界観と粒ぞろいの俳優陣に胸を躍らせながらも、どこか乗り切れないもどかしさもあった本作について率直に綴る。
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映画『ラスト・サバイバー』レビュー
果てなく続く、荒廃した世界
本作でまず観る者の目を引きつけるのは、その世界観だ。かつて文明が栄え、いまや見る影もなく荒廃した——大都会の抜け殻とでも呼ぶべき、瓦礫に埋め尽くされたボロボロの世界が広がっている。完全に崩れ落ちた建物があるかと思えば、物資がわずかに残された一角もあり、そこにかろうじて生き延びた数少ない人間たちが、息を潜めながら互いに奪い合い、争う。この荒廃はどこまでも果てなく続いているのだろう——そう思わせる世界の提示の仕方が実に見事だ。
壮観なシーンは遠景からその雄大さをたっぷりと捉え、かと思えばミニマルにキャラクターへ寄り添い、ときに世界の細部へと目を凝らす。世界を捉える撮影の緩急も見どころだった。
終末世界に息づく”日常”と会話
ディストピアにおける自然な会話とは、こういうものなのかもしれない。世界が滅び、自分や身近な者の行く末さえ見通せなくなっても、そこにはそこなりの“日常”が営まれている。それでいて、荒れ果てた世界を覆う諦めムードのなかでも、わずかな“希望”を手放さずにいる——そこにこそ人間らしさが滲む。こうした一定の諦観と一定の期待とが同居する、終末世界ならではのキャラクターの温度感、そして会話の質感は、かなりリアルに作り込まれていると感じた。
陰まとう若きふたりと、圧巻のベテラン勢
どんな世界観のもと、どんな衣装をまとっても確かな存在感を放つキャストも揃っている。ジェイコブ・エロルディは、楽観的で弱き者たちから慕われる魅力的な二枚目の主人公と見せかけて、ふとした瞬間に背負った陰を覗かせ、それを絶えず漂わせ続ける。
マーガレット・クアリーもまた、終末世界に咲いた一輪の花とでも言うべきヒロインでありながら、単なる“ヒロインという記号”にとどまらない。そこには泥臭い人間味と生活の匂い、そして彼女が歩んできた人生の重みを感じさせる佇まいがある。
そしてベテラン勢がとにかくすばらしい。本作は、武においても精神においても“無骨なおじさんがその強さを見せつける”映画にほかならないのだが、それがジョシュ・ブローリンとガイ・ピアースだというのが何より最高だ。圧倒的な存在感を備えたふたりは、その強さと老獪さにこの上なくはまっていた。戦闘アクションも鮮烈で、渋くてクールな遠距離狙撃、泥くさい近接戦、入り乱れる乱闘と、幾通りもの“かっこよさ”を堪能できる。俳優犬も入念に訓練されているのだろう、たしかな演技を見せていたように思う。
完全には乗り切れない、ふたつの理由
ただし、印象的な世界観、豪華なキャスト、荒れ果てた世界における“生きた自然な会話”、格好いいアクション、そして愛らしい犬との絆——これだけの要素が揃っていながら、思いのほか乗り切れない印象が拭えないのもまた事実。
理由は大きくふたつあり、ひとつは端的に言って、編集テンポの緩急が激しすぎるように思う。淡々と進む“静”のシーンには、ことさら淡々とした間をつくり、たっぷりと尺を割く。その一方で、戦闘、移動、人間関係の変化といった展開を担う“動”のシーンは、まるでその反動のようにあまりに急ぎ足で、何もかもが“唐突”に感じられてしまうのだ。
とりわけ、原題にも冠され、主人公の心の旅路を支える重要な要素であるはずの“Dog”(犬)に、想像以上に時間が割かれていない点にはもどかしさが残った。“動”のシーンにこそもう少し丁寧に時間を使ってくれれば、観客も一場面ごとに腰を据えて向き合えたのではないか。
もうひとつは、「説明しているようで説明不足」という点だ。世界観そのものには確かに“何かありそう”な雰囲気が漂う。にもかかわらず、なぜこの世界が現在のかたちへと行き着いたのか、どのように荒廃が進んでいったのか(荒れ果てたビルに街頭ビジョンが映るということは、電力システムはなぜ機能したままなのか、といった疑問も含めて)、そして各キャラクターやコミュニティが、いかなる理由といかなる手立てで今いる場所に身を置いているのか——そうした肝心の部分がほとんど語られない。世界観のビジュアルに胸を躍らせても、その背後にある設定そのものには、いまひとつ心が動かないのだ。
圧倒的なスペクタクルを幾度も描いてきたリドリー・スコット監督の作品であるだけに、こちらが勝手にハードルを上げて観てしまう面は否めない。それを差し引いても、やはり少しばかり惜しい一作だった。
これだけの才能と要素が結集していながら、あと一歩のところに惜しさは残る。それでも、荒れ果てた世界の確かな手触り、無骨な男たちの存在感、そして他人や犬との絆には、スクリーンで向き合うだけの価値がある。巨匠リドリー・スコットが描く終末のサバイバル『ラスト・サバイバー』は、8月28日(金)より日本公開。ぜひ劇場でその世界を体感してほしい。
