【映画レビュー『ペリカン・ブルー 〜自由への切符〜』】変化する体制に挑んだ若者たちの実話——アニメが描く自由の渇望と犯罪のスリル

【映画レビュー『ペリカン・ブルー 〜自由への切符〜』】変化する体制に挑んだ若者たちの実話——アニメが描く自由の渇望と犯罪のスリル Film Review
『ペリカン・ブルー 〜自由への切符〜』より © UMBRELLA ENTERTAINMENT Kft. / all rights reserved.

新作映画『ペリカン・ブルー 〜自由への切符〜』 を紹介&解説するレビュー。


4月10日(金)日本公開の『ペリカン・ブルー 〜自由への切符〜』は、“鉄のカーテン”崩壊後の90年代ハンガリーを舞台に、列車切符の偽造という実話をアニメーション・ドキュメンタリーとして映像化した異色作だ。自由を手にしたはずなのに、その切符すら買えない——そんな矛盾した時代を生きた若者たちの、ささやかで大胆な反撃の記録である。

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アニメとドキュメンタリーの交差点

アニメーション・ドキュメンタリーという形式を語るとき、まず脳裏をよぎるのはアカデミー賞でアニメ映画賞・ドキュメンタリー映画賞の両部門にノミネートされた2021年の『FLEE フリー』だろう。本作はまさにその系譜に連なる1本だ。アニメーションという表現形式が、違法行為に関わった当事者たちの匿名性を守る盾として機能しながら、映像の語り口はあくまでドキュメンタリーとしての誠実さを手放さない。​​​​​​​​​​​​​​​​

『ペリカン・ブルー 〜自由への切符〜』とはどんな映画?あらすじ・キャスト・魅力まとめ

『ペリカン・ブルー 〜自由への切符〜』より © UMBRELLA ENTERTAINMENT Kft. / all rights reserved.

コミカルと抽象、振れ幅が生む豊かさ

主人公3人をはじめとする人物のキャラクターデザインは徹底的にコミカルにデフォルメされており、光や水をモチーフにした心理描写のアニメーションは抽象的でありながら感情に直接働きかけてくる。その振れ幅の大きさが映像体験としての豊かさを生み出し、観る者を飽きさせない。

しかし本作はそこに留まらない。再現映像のような実写映像を随所に差し挟むことで、これがコミカルなアニメーションに終始する作品ではなく、実話をアニメで補完したドキュメンタリーであることをくり返し観客に意識させる。この二重構造こそが本作の核心で、アニメという虚構の衣をまといながらも、当事者や関係者たちの生きた記憶の内側へと観客を連れ込むことに成功している。​​​​​​​​​​​​​​​​

『ペリカン・ブルー 〜自由への切符〜』とはどんな映画?あらすじ・キャスト・魅力まとめ

『ペリカン・ブルー 〜自由への切符〜』より © UMBRELLA ENTERTAINMENT Kft. / all rights reserved.

“自由への渇望”を纏う二重構造

実話の誠実な映像化と、軽やかなクライムムービーとしての娯楽性——このふたつを両立させているのが、映像表現と音楽の使い方だ。90年代チェコの列車切符偽造事件を“自由への渇望をたたえる賛歌”へと昇華させ、ユーモアと視覚的な豊かさを纏わせながら、単なる陽気さには回収されない余韻を残す。体制転換後の時代を生きた人々が抱えるある種の諦観とメランコリーが、作品全体にうっすらと漂い続けるのだ。その絶妙な空気の調律こそが、本作をただの良作に終わらせない。​​​​​​​​​​​​​​​

体制が変わっても、自由はただでは手に入らない。『ペリカン・ブルー 〜自由への切符〜』はその皮肉を笑いとともに描きながら、どこか胸に刺さるものを残す。4月10日(金)日本公開。スクリーンで体験する価値のある、忘れがたい一本だ。

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