容姿コンプレックスという現代的なテーマを、A24らしい鋭い視点で描いた話題作『顔を捨てた男』が、7月11日(金)についに日本公開を迎える。セバスチャン・スタンが特殊メイクによって劇的な変貌を遂げ、実際に神経線維腫症を患う俳優アダム・ピアソンとの共演で話題を呼んだ本作は、単なる美醜の問題を超えた深いテーマを内包している。自己肯定感とアイデンティティの問題を正面から見つめた、心に刺さる一作だ。
『顔を捨てた男』あらすじ
顔に極端な変形を持つ、俳優志望のエドワード。隣人で劇作家を目指すイングリッドに惹かれながらも、自分の気持ちを閉じ込めて生きる彼は、ある日、外見を劇的に変える過激な治療を受け、念願の新しい顔を手に入れる。過去を捨て、別人として順風満帆な人生を歩み出した矢先、目の前に現れたのは、かつての自分の「顔」に似たカリスマ性のある男オズワルドだった。その出会いによって、エドワードの運命は想像もつかない方向へと猛烈に逆転していく──。
『アイ・フィール・プリティ!』の裏側に位置する衝撃作

セバスチャン・スタン、『顔を捨てた男』より © 2023 FACES OFF RIGHTS LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
自信・自己肯定感というものは、持てと言われて簡単に持てるものではない。容姿だけでなく、育ってきた環境やコミュニケーション能力などさまざまな要素が複雑に絡み合って人格を形成するからだ。それでも、自分を肯定する力は何よりも強力な武器となる。
このテーマをコメディドラマとして明るく希望的に描いた代表的な”エンパワメントムービー”といえば、『アイ・フィール・プリティ!』が真っ先に頭に浮かぶ。同作では自己肯定感の低い、いわゆる”ぽっちゃり”体型の女性が、頭部への衝撃をきっかけに自分を美女だと思い込むようになり、その錯覚が人生を劇的に好転させていく様子が描かれた。
今回、A24が手がけた衝撃作『顔を捨てた男』は、まさに『アイ・フィール・プリティ!』の裏側に存在する作品と言えるだろう。容姿コンプレックスに悩む男性エドワードが最先端の医療技術によって美青年へと生まれ変わるものの、内面はそう簡単には変わらない。それどころか、かつての自分と同じような外見を持ちながら堂々と人生を謳歌する”人気者”の存在に直面し、深い苦悩に陥っていく。
セバスチャン・スタンとアダム・ピアソンの圧巻の演技
特殊メイクによってセバスチャン・スタンを“エレファント・マン”のような容姿へと変貌させ、段階的に元の美しいスタンの顔立ちへと戻していく技術的手腕も確かに見どころの一つだが、何より本作で光るのはスタンの卓越した演技力である。
現実でも常にハンサムな容姿で知られるスタンが、“美青年の外見を手に入れたにも関わらず、自信のなさと期待値の高さからどこか挙動不審になってしまう男性”という複雑な役柄を演じ切ったキャラクター造形は実に秀逸だ。特殊メイクによって劇的に容姿が変化する前後を通じて、同一人物としての一貫性を保ち続けるスタンの表現力には目を見張るものがある。

セバスチャン・スタン、『顔を捨てた男』より © 2023 FACES OFF RIGHTS LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
そしてもう一人、特筆すべきはアダム・ピアソンの存在だ。実際に神経線維腫症による顔面の変形を持つ俳優である彼が、“明るく社会に適応し、揺るぎない自己肯定感を持つ神経線維腫症患者”オズワルドを演じたことで、本作は真の完成度を獲得している。
確かに初対面では多くの人が驚きを隠せないであろう容姿を持ちながら、その個性を武器として映画界で確固たる地位を築いてきたピアソン。彼が体現するエネルギッシュで前向きな生き方そのものが、オズワルドというキャラクターに圧倒的な説得力を与えている。この結果、スタン演じるエドワード/ガイとの間に生まれる化学反応は、単なる演技を超えた深い共鳴を観客にもたらすのだ。
安易な解決を拒む誠実で残酷なリアリティ

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同じような外見を持つオズワルドが充実した人生を送る姿を目の当たりにしたエドワードは、もはや自分の不幸を病気のせいにすることもできず、残酷な現実に直面する。念願の美貌を手に入れたはずが、かえって自分らしさという個性まで失ってしまった彼に、深刻なアイデンティティクライシスが降りかかる。つまるところ、すべては「気の持ちよう」に帰結するという、身も蓋もない真実を突きつけられる作品なのだ。
作中には特異な外見を持つ人々に理解を示そうといつ“気遣い”を見せる人物たちも登場するが、その良心的な態度でさえ、時として上から目線の偽善に映ったり、アーティストとしての一方的な搾取に過ぎなかったりする。

『顔を捨てた男』 © 2023 FACES OFF RIGHTS LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
結局のところ、どう生きることが正解だったのか—その答えは最後まで曖昧なまま観客に委ねられる。しかし、安易な解決を提示しないからこそ、本作には嘘のないリアリティと、真の共感が宿っている。おそらく、当事者であるピアソンが出演を決意したのも、この誠実さに心を動かされたからではないだろうか。
『顔を捨てた男』は、私たちが日常的に抱える自己受容の問題を、容赦のない現実味で描き出した秀作である。7月11日(金)の日本公開を前に、多くの観客がこの作品と向き合うことになるだろう。安易な答えを提示せず、観客自身に問いかけを委ねる本作の“リアル”は、きっと多くの人の心に長く残るはずだ。美しさとは何か、幸せとは何か—そんな根源的な問いに向き合いたい人にこそ、ぜひ劇場で体験してほしい一作である。
作品情報
タイトル:『顔を捨てた男』
原題:A Different Man
公開日:7月11日(金)ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国公開
監督・脚本:アーロン・シンバーグ
出演:セバスチャン・スタン、レナーテ・レインスヴェ、アダム・ピアソン
撮影:ワイアット・ガーフィールド
編集:テイラー・レヴィ
音楽:ウンベルト・スメリッリ
製作:クリスティーン・ヴェイコン、ヴァネッサ・マクドネル、ガブリエル・メイヤーズ
2023年|アメリカ|112分|英語|カラー|1.85:1|5.1ch|PG-12
配給:ハピネットファントム・スタジオ
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