映画『ゼロ・ダーク・サーティ』(2012)を紹介&解説。
映画『ゼロ・ダーク・サーティ』概要
映画『ゼロ・ダーク・サーティ』は、アメリカ同時多発テロ事件から約10年に及んだ、国際テロ組織アルカイダの指導者オサマ・ビンラディン追跡作戦を描く実録サスペンス。『ハート・ロッカー』のキャスリン・ビグロー監督と脚本家マーク・ボールが再び組み、架空のCIA分析官マヤを軸に、情報収集、尋問、組織内の対立、米海軍特殊部隊による急襲までを緊迫感あふれる映像で再構成した。主演はジェシカ・チャステイン。第85回アカデミー賞では作品賞など5部門にノミネートされ、音響編集賞を受賞した。
作品情報
| 日本版タイトル | 『ゼロ・ダーク・サーティ』 |
|---|---|
| 原題 | Zero Dark Thirty |
| 製作年 | 2012年 |
| 本国公開日 | 2012年12月19日 |
| 日本公開日 | 2013年2月15日 |
| ジャンル | サスペンス/ドラマ/戦争/アクション |
| 製作国 | アメリカ |
| 原作 | 無 |
| 上映時間 | 158分 |
| 監督 | キャスリン・ビグロー |
|---|---|
| 脚本 | マーク・ボール |
| 製作 | キャスリン・ビグロー/マーク・ボール/ミーガン・エリソン |
| 製作総指揮 | コリン・ウィルソン/テッド・シッパー/グレッグ・シャピロ |
| 撮影 | グレイグ・フレイザー |
| 編集 | ディラン・ティチェナー/ウィリアム・ゴールデンバーグ |
| 作曲 | アレクサンドル・デスプラ |
| 出演 | ジェシカ・チャステイン/ジェイソン・クラーク/ジョエル・エドガートン/ジェニファー・イーリー/マーク・ストロング/カイル・チャンドラー/エドガー・ラミレス/ジェームズ・ガンドルフィーニ/クリス・プラット |
| 製作 | アンナプルナ・ピクチャーズ/ファースト・ライト |
| 配給 | コロンビア・ピクチャーズ/ギャガ(日本) |
あらすじ
2003年、CIAの若き分析官マヤは、国際テロ組織アルカイダの指導者オサマ・ビンラディンを追跡するため、パキスタンへ派遣される。過酷な尋問や相次ぐテロ、同僚の犠牲を経験しながら、彼女はビンラディンの連絡係とされる男の行方を執念深く追う。やがて、ある邸宅へとつながる重大な手がかりが浮かび上がる。
主な登場人物(キャスト)
マヤ(ジェシカ・チャステイン):CIAに所属する若き情報分析官。高校卒業後からCIAで活動し、オサマ・ビンラディンの追跡にキャリアの大半を捧げてきた。わずかな情報から連絡係の存在を突き止め、周囲の懐疑や組織的な停滞にも屈せず作戦の実行を訴える。
ダン(ジェイソン・クラーク):CIAの情報員で、被拘束者への尋問を担当するマヤの同僚。暴力的な尋問も辞さない冷徹さを見せる一方、過酷な任務に消耗しながらも、マヤの調査を支える協力者となる。
ジェシカ(ジェニファー・イーリー):CIAの経験豊富な分析官で、マヤの同僚かつ友人。アルカイダ内部に接触できる可能性を持つ情報提供者との交渉を進めるが、その判断はマヤの執念をさらに強める重大な出来事につながっていく。
ジョージ(マーク・ストロング):CIA本部で対テロ作戦を統括する上級責任者。成果を挙げられない現場の職員たちを厳しく叱責し、ビンラディンにつながる情報を何としても見つけ出すよう迫る。
ジョセフ・ブラッドリー(カイル・チャンドラー):CIAイスラマバード支局の責任者。マヤの上司として彼女の大胆な行動に頭を悩ませながら、政治的な圧力や情報活動に伴う危険に対処する。
パトリック(ジョエル・エドガートン):米海軍特殊部隊DEVGRUに所属する隊員。ビンラディンが潜伏しているとみられるパキスタン・アボッターバードの邸宅を急襲する作戦に参加し、チームを率いて危険な夜間任務へ挑む。
作品の魅力解説
「為すべきこと」へ一直線に進むマヤ
本作の中心に立つマヤは、私生活や周囲からの評価にはほとんど目を向けず、オサマ・ビンラディンを発見するという「為すべきこと」だけを見据えて行動する。膨大な記録を調べ、証言の矛盾を検証し、わずかな手がかりを執念深く追い続ける姿には、通常のヒーロー映画とは異なる情報分析官ならではの格好よさがある。
上層部が確証を求めて判断をためらう中でも、マヤは自らの分析に絶対的な自信を示し、作戦の実行を真っ直ぐに訴え続ける。情報収集や組織内での説得といった地道な過程を、壮大な追跡劇として成立させた点が本作の大きな魅力だ。
冷徹さと情熱を同居させたジェシカ・チャステイン
ジェシカ・チャステインは、マヤの冷徹さと内側に燃える情熱を、抑制された演技によって表現している。彼女は基本的に無表情を崩さず、任務に必要のない感情を切り離しているかのように振る舞う。その一方、調査が進展した瞬間には、わずかな笑顔や声の変化から高揚感がにじみ出る。そうした細部が、追跡だけに人生を捧げてきた人物の異常なまでの集中力を物語る。
クールビューティーでありながら、どこか無機質な雰囲気を帯びたチャステインの存在感もマヤという役に合致している。失敗や犠牲を重ねるほど強硬になり、上層部にもひるまず食い下がる姿は、正義の執行者を思わせるほど鮮烈だ。しかし、その格好よさの裏側には、任務以外の人生を失っていく孤独も横たわっている。
アカデミー賞に輝いたリアルな音響
第85回アカデミー賞音響編集賞を受賞した音響設計も、本作を支える重要な要素である。銃撃戦や爆発では必要以上に音を誇張せず、それぞれの距離や場所の広さまで感じさせる現実的な響きを追求。抑制された乾いた銃声と、突然空間を揺るがす爆発音の対比が、現場に居合わせているかのような臨場感を生み出している。
特に終盤の急襲作戦では、隊員たちの短い指示、足音、扉を破壊する音、消音器付き銃器の低く鋭い発砲音が、静寂の中で一つひとつ明瞭に響く。音楽に頼って緊張感を演出するのではなく、作戦中に実際に聞こえるであろう音によって観客を暗闇の内部へ引き込んでいく。
“ゼロ・ダーク・サーティ”を体感させる極端な暗さ
映像面で最も印象に残るのは、米海軍特殊部隊がアボッターバードの邸宅へ突入する終盤の急襲作戦だ。照明で見やすく整えることをあえて避け、画面の大部分を極度の暗闇で覆うことによって、未明に実行された秘密作戦の視界と緊張を観客にも体感させる。
暗視装置越しの緑色の映像、わずかな月明かり、暗闇を切り裂く爆発の閃光が交錯し、真夜中の静けさと突発的な暴力との強烈な落差を作り出す。その色調は現実的であると同時にスタイリッシュであり、タイトルが示す“ゼロ・ダーク・サーティ”という時刻と、約10年間にわたり秘密裏に進められた作戦の闇を視覚化している。
任務達成後に残される空虚さ
マヤの迷いのない行動は、目的へ向かって突き進む人物の格好よさを強烈に印象づける。しかし本作は、その執念を無条件に英雄視するだけでは終わらない。追跡の過程では拷問的な尋問や情報機関の失敗、数多くの犠牲も描かれ、その手段と代償をめぐる倫理的な問いが残される。
約10年間を費やして「為すべきこと」を成し遂げたとき、マヤには明確な喜びも、新たな行き先も用意されていない。冷徹かつ情熱的に任務を遂行してきた人物だからこそ、その目的を失った瞬間の孤独と空虚さが際立つ。追跡劇としての達成感と、対テロ戦争が残した割り切れなさを同時に突きつける結末である。
ライター/エディター/映画インスタグラマー。2019年に早稲田大学法学部を卒業。東京都職員として国際業務等を経験後、ライター業に転身。各種SNS(Instagram・X)やYouTubeチャンネル「cula 見て聞く映画マガジン(旧:アルテミシネマ)」においても映画や海外ドラマ、音楽といったカルチャーに関する情報レビューを発信している。
