『いつだってやめられる 7人の危ない教授たち』とは?あらすじ・キャスト・魅力まとめ

映画『いつだってやめられる 7人の危ない教授たち』(2014)を紹介&解説。


映画『いつだってやめられる 7人の危ない教授たち』概要

映画『いつだってやめられる 7人の危ない教授たち』は、大学を追われた神経生物学者が、不遇な研究者仲間と犯罪チームを結成し、違法薬物に指定されていない新型ドラッグでひと儲けしようとするイタリア発のクライムコメディ。シドニー・シビリア監督の長編デビュー作で、学問を究めながら社会から正当に評価されない研究者たちの窮状を、スピード感のある会話劇と鮮烈な映像で風刺する。主演は『おとなの事情』のエドアルド・レオ。

作品情報

日本版タイトル 『いつだってやめられる 7人の危ない教授たち』
原題 Smetto quando voglio
製作年 2014年
本国公開日 2014年2月6日
日本公開日 2018年6月23日(特集上映)
ジャンル コメディ/クライム
製作国 イタリア
原作 無
上映時間 105分
次作 『いつだってやめられる 10人の怒れる教授たち』(2017)
監督 シドニー・シビリア
原案 ヴァレリオ・アッタナージオ/シドニー・シビリア
脚本 ヴァレリオ・アッタナージオ/アンドレア・ガレッロ/シドニー・シビリア
製作 ドメニコ・プロカッチ/マッテオ・ローヴェレ
撮影 ヴラダン・ラドヴィッチ
編集 ジャンニ・ヴェッツォージ
作曲 アンドレア・ファッリ
出演 エドアルド・レオ/ヴァレリア・ソラリーノ/ヴァレリオ・アプレア/パオロ・カラブレージ/リベロ・デ・リエンゾ/ステファノ・フレージ/ロレンツォ・ラヴィア/ピエトロ・セルモンティ/ネリ・マルコレ
製作 ファンダンゴ/アセント・フィルム/ライ・シネマ
配給 01ディストリビューション(イタリア)/シンカ(日本)

あらすじ

ローマの大学で神経生物学を研究するピエトロ・ズィンニは、革新的な研究成果を生み出しながらも、予算削減によって研究費と職を失ってしまう。再就職先も見つからず、恋人のジュリアにも失業を打ち明けられないピエトロは、違法薬物の指定リストに登録されていない新しい分子を使い、合法的に販売できるドラッグを作ることを思いつく。

ピエトロは、化学、経済学、考古学、文化人類学、ラテン語などを究めながら、不遇な仕事に追いやられていた研究者仲間を招集。それぞれの専門能力を生かした犯罪チームを結成する。彼らが開発したドラッグは瞬く間に人気商品となり、7人は大金を手にするが、その成功は警察やローマのドラッグ市場を支配する犯罪者の目を引いてしまう。

主な登場人物(キャスト)

ピエトロ・ズィンニ(エドアルド・レオ):ローマの大学で働く37歳の神経生物学者。画期的な研究を進めていたが、大学の予算削減によって職を失う。違法薬物に指定されていない分子を利用したドラッグを考案し、不遇な研究者仲間を集めて犯罪チームを結成する。

ジュリア(ヴァレリア・ソラリーノ):ピエトロの恋人。薬物依存者の社会復帰を支援する仕事に就いている。ピエトロが失業した事実を隠し、夜ごと不審な行動を取るようになったことに疑念を抱く。

マッティア・アルジェリ(ヴァレリオ・アプレア):国際的な評価を得るほど優秀なラテン語学者。研究者として安定した職を得られず、ジョルジョとともにガソリンスタンドの夜勤で生計を立てている。

アルトゥーロ・フランティーニ(パオロ・カラブレージ):古代ローマを専門とする考古学者。地下鉄工事の発掘現場を監督しているが、能力に見合った待遇を受けられず、経済的に困窮している。

バルトロメオ・ボネッリ(リベロ・デ・リエンゾ):数字と確率に精通した経済学者。恋人アンジェリカの家族と暮らしながら、経済学の知識をポーカーに応用して収入を得ようとしている。

アルベルト・ペトレッリ(ステファノ・フレージ):分子の合成を担当する化学者。大学を追われた後は中華料理店で皿洗いをしている。ピエトロが理論上設計した新型ドラッグを、実際に製造できる重要人物。

ジョルジョ・シローニ(ロレンツォ・ラヴィア):マッティアと並ぶ著名なラテン語学者。専門知識を生かせる職に就けず、マッティアと一緒にガソリンスタンドで働いている。

アンドレア・デ・サンクティス(ピエトロ・セルモンティ):文化人類学者。就職のために自らの学歴や知性を隠し、相手の文化や言葉遣いに溶け込む能力を持つ。その専門性を生かし、ドラッグを販売する現場に適応していく。

ムレーナ(ネリ・マルコレ):ローマのドラッグ市場を支配する犯罪者。顔に大きな傷を持つ、冷静で威圧的な男。ピエトロたちが開発した新型ドラッグの急速な広がりに目をつける。

作品の魅力解説

不遇な研究者たちが挑む“知性の犯罪計画”

本作の大きな魅力は、異なる能力を持つスペシャリストが集まり、大胆な計画に挑むチーム犯罪映画としての高揚感にある。『オーシャンズ』シリーズを思わせる王道の構造を採用しながら、集められるのは腕利きの犯罪者ではなく、ラテン語、考古学、経済学、化学、文化人類学などを究めた不遇な研究者たちだ。

本来であれば社会の発展に生かされるはずの知性が、犯罪の世界に持ち込まれた途端に驚異的な力を発揮する。「優秀な人間が失うものをなくしたとき、何をしでかすか分からない」というスリルと、彼らの能力を正当に扱えなかった社会への皮肉が、娯楽性の高い大作戦の中に組み込まれている。

頭脳明晰なのに犯罪者としては未熟な7人

7人はいずれも頭脳明晰だが、犯罪者としてはあまりにも未熟で、理論と現実の間には絶えず滑稽なずれが生じる。難解な専門用語を交えながら早口でまくし立てたかと思えば、勘違いが発覚して会話が止まり、何とも気まずい間が流れる。調子よく話を進める男たちの無駄口まで含め、トークパートそのものが本作の笑いを支えている。

個々の俳優が強いキャラクター性を発揮する一方、7人が集まった場面では発言と反応が次々に重なり、集団としての愚かさと愛嬌が膨らんでいく。知識が豊富だからこそ話を必要以上に複雑にし、肝心な場面では基本的な判断を誤るという落差が、作品を単なる犯罪成功譚ではなく、最後まで会話を聞いていたくなる群像コメディにしている。

ローマをコミックのように染める色彩設計

映像面では、顔を自然に照らすことだけを目的としない大胆なライティングと、彩度を高めた色彩設計が目を引く。青、緑、赤、紫などの光が人物や空間を染め、肉眼で見るローマの景色とは大きく異なる、コミックのように誇張された世界を作り上げている。この現実離れした色合いが、研究者たちの人生が犯罪を境に急変していく感覚を視覚的に強調し、シリーズ独自の印象を決定づけた。

危険な犯罪劇を軽やかに運ぶ音楽

アンドレア・ファッリによる音楽も、軽快なブラスやリズムを用いてチームの結成と作戦の進行を盛り上げる。危険なドラッグ犯罪を扱いながらも必要以上に陰惨にならず、愉快な仲間たちが大仕事に乗り出す冒険映画のような雰囲気を保っている点が、本作ならではの軽やかさにつながっている。

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