映画『イン・ザ・ハイツ』(2021)を紹介&解説。
映画『イン・ザ・ハイツ』概要
映画『イン・ザ・ハイツ』は、『クレイジー・リッチ!』のジョン・M・チュウ監督が、ブロードウェイ発の人気ミュージカルを映画化した群像ミュージカル。ニューヨークの街で夢や進路、恋に揺れる若者たちと住民たちが、真夏の大停電を機に未来へ力強く踏み出していく姿を描く。主演はアンソニー・ラモス、共演にメリッサ・バレラ、コーリー・ホーキンス、レスリー・グレイス。
作品情報
日本版タイトル:『イン・ザ・ハイツ』
原題:In the Heights
製作年:2021年
日本公開日:2021年7月30日
ジャンル:ミュージカル
製作国:アメリカ
原作:リン=マニュエル・ミランダとキアラ・アレグリア・ヒューディーズによる同名のブロードウェイ・ミュージカル
上映時間:143分
監督:ジョン・M・チュウ
脚本:キアラ・アレグリア・ヒューディーズ
製作:リン=マニュエル・ミランダ/キアラ・アレグリア・ヒューディーズ/スコット・サンダース/アンソニー・ブレグマン/マーラ・ジェイコブス
撮影:アリス・ブルックス
編集:マイロン・カーステイン
作曲:リン=マニュエル・ミランダ/アレックス・ラカモア/ビル・シャーマン
出演:アンソニー・ラモス/メリッサ・バレラ/コーリー・ホーキンス/レスリー・グレイス/オルガ・メレディス/ジミー・スミッツ/グレゴリー・ディアス4世/ダフネ・ルービン=ヴェガ
製作:5000 Broadway Productions/Barrio Grrrl! Productions/Likely Story/SGS Pictures/Endeavor Content
配給:ワーナー・ブラザース・ピクチャーズ
あらすじ
現代のニューヨーク、ワシントン・ハイツ。小さな食料品店を営む青年ウスナビは、いつか故郷へ帰る夢を抱きながら仲間たちと日々を過ごしている。猛暑の夏に街を襲った大停電をきっかけに、人々の恋や希望、将来への迷いが交差。コミュニティはそれぞれの未来と一歩を模索していく。
主な登場人物(キャスト)
ウスナビ(アンソニー・ラモス):ワシントン・ハイツで小さな食料品店を営む青年。いつかドミニカ共和国へ戻り、自分の店を持つ夢を抱きながら、地域の仲間たちとともに日々を過ごしている。
ニーナ・ロザリオ(レスリー・グレイス):地域で初めて名門大学に進学した若い女性。家族やコミュニティの期待を背負う中で、自分の進むべき道に迷いを抱えている。
ベニー(コーリー・ホーキンス):タクシー会社で働く青年で、ロサリオ家の右腕的存在。努力家で街の仲間たちから信頼されており、ニーナと特別な関係にある。
ヴァネッサ(メリッサ・バレラ):ファッションデザイナーを目指す若い女性。ワシントン・ハイツを離れ、マンハッタンで新しい生活を始めたいと考えている。
アブエラ・クラウディア(オルガ・メレディス):コミュニティの精神的支柱ともいえる年長者。移民として街に根を下ろし、若者たちを家族のように見守っている。
ケビン・ロザリオ(ジミー・スミッツ):ニーナの父で、地元のタクシー会社を経営する人物。娘の成功を強く願うあまり、時に厳しい決断を迫られる。
ソニー(グレゴリー・ディアス4世):ウスナビのいとこで食料品店を手伝う高校生。移民の家庭に生まれ、将来や自分の立場について葛藤を抱えている。
ダニエラ(ダフネ・ルービン=ヴェガ):美容院を営む快活な女性で、街の情報通。コミュニティの人々をつなぐ存在でもある。
カルラ(ステファニー・ベアトリス):ダニエラの美容院で働く店員。明るく社交的で、街の出来事を楽しみながら日々を過ごしている。
簡易レビュー・解説
『イン・ザ・ハイツ』は、ニューヨークの実在の街ワシントン・ハイツを舞台に、夢、生活、不安、連帯が交差する日々を、歌とダンスの高揚感で包み込むミュージカル映画である。大停電という出来事を軸に、若者たちの希望とコミュニティの絆が動き出す物語として描かれている。演出ではジョン・M・チュウが、街そのものの熱気や多文化的な空気を、開放感のある群舞と躍動的なカメラワークで映像化。華やかなミュージカルでありながら、故郷への思い、街に住み続けることの意味、次の一歩を踏み出す勇気を丁寧にすくい上げている。
『イン・ザ・ハイツ』内容(ネタバレ)
ワシントン・ハイツの朝―青年ウスナビと街の人々
ニューヨークのワシントン・ハイツ。小さな食料品店を営む青年ウスナビは、いとこのソニーとともに店を切り盛りしながら、街の人々と賑やかな日常を送っている。彼は美容院で働くヴァネッサに想いを寄せており、近所の人々には移民として苦労してきたアブエラ・クラウディアをはじめ、タクシー会社を営むロサリオ家など、多くの仲間が暮らしている。
大学から戻ったニーナの秘密
街の誇りとされていたロサリオ家の娘ニーナが、大学から久しぶりに帰郷する。しかし彼女は周囲に言い出せない秘密を抱えていた。学費を払うために複数の仕事を掛け持ちした結果、成績が落ちて奨学金を失い、大学を続けられなくなっていたのである。彼女は父ケビンに真実を伝えられないまま、街の人々と再会する。
猛暑の夜と突然の大停電
猛暑の夏の夜、ウスナビはヴァネッサとのデートでダンスクラブへ向かうが、互いの想いはすれ違い、関係はぎくしゃくしてしまう。その最中、街一帯を大規模な停電が襲い、周囲は混乱に包まれる。暗闇の中で人々は互いを探し合い、ソニーと落書き少年グラフィティ・ピートは花火を打ち上げて街を照らし出す。
街を包む喪失
停電の夜の混乱のあと、コミュニティの精神的支柱だったアブエラ・クラウディアが亡くなる。彼女は長年この街で移民として苦労しながら人々を支えてきた存在であり、住民たちは大きな喪失感に包まれる。ウスナビにとっても彼女は母親のような存在であり、葬儀では街の人々が集まり、コミュニティの絆を改めて確かめ合う。
それぞれの夢が揺らぐ--街を離れるか残るか
停電の騒動のあと、ウスナビは長年の夢だったドミニカ共和国へ戻る決意を固める。一方、ヴァネッサはファッションの夢を追うためマンハッタンで新しい生活を始めたいと考えており、ふたりの思いはすれ違っていく。また、ニーナは大学を辞めた経験を乗り越え、自分の経験を将来の力に変えようと再び学び直す道を模索し始める。
宝くじと、ウスナビの決断
やがて、アブエラ・クラウディアが生前に購入していた宝くじが当選していたことが明らかになる。その資金の一部は、移民として将来に不安を抱えるソニーのための弁護士費用などに使われることになる。ウスナビは故郷へ戻る準備を進めながらも、自分にとって本当に大切な場所がどこなのかを考え始める。
語られていた物語の正体―“夢”の行き着く先
物語の最後、これまで語られていた出来事は、未来のウスナビが子どもたちに語っていた回想であることが明らかになる。彼は結局ドミニカ共和国へ移住するのではなく、ワシントン・ハイツに残ることを選び、ヴァネッサと家族を築いていた。彼にとっての“スエニート(小さな夢)”とは遠い場所へ行くことではなく、コミュニティとともに生きる人生そのものだったのである。
作品テーマ解説
本作の核にあるのは、「夢」と「居場所」は単純には一致しないという視点である。物語はニューヨークのワシントン・ハイツという移民コミュニティを舞台に、人々が抱く“スエニート(小さな夢)”を描き出す。成功や上昇だけではなく、夢を追うことで生まれる葛藤や現実との衝突にも焦点が当てられている。
第1のテーマはコミュニティの価値である。街の住民たちは互いを家族のように支え合い、困難の中でも連帯を保つ。個人の成功ではなく、コミュニティ全体の絆が物語の感情的な中心となっている。
第2のテーマは移民ルーツを持つ人々のアイデンティティである。故郷への憧れ、現在の街で生きる現実、親世代と子世代の価値観の違いが交差し、人々は自分がどこに属するのかを模索していく。
第3のテーマは上昇志向の光と痛みである。教育や成功は希望である一方で、経済的負担や文化的疎外といった問題も伴う。本作は、夢をかなえることと自分らしく生きることの間にある複雑な関係を描いている。
また本作は、移民コミュニティを政治的記号としてではなく、日常を生きる生活者として描こうとしている点も特徴である。音楽とダンスで彩られたミュージカルでありながら、街の生活や文化、世代を超えた記憶を丁寧に映し出し、日常の中にある希望を見いだす作品となっている。
ライター/エディター/映画インスタグラマー。2019年に早稲田大学法学部を卒業。東京都職員として国際業務等を経験後、ライター業に転身。各種SNS(Instagram・X)やYouTubeチャンネル「cula 見て聞く映画マガジン(旧:アルテミシネマ)」においても映画や海外ドラマ、音楽といったカルチャーに関する情報レビューを発信している。
