映画『ドライブ・マイ・カー』(2021)を紹介&解説。
映画『ドライブ・マイ・カー』概要
映画『ドライブ・マイ・カー』は、村上春樹の同名短編小説を、濱口竜介監督(『寝ても覚めても』『偶然と想像』)が映画化したヒューマンドラマ。妻を突然亡くした舞台俳優兼演出家と、彼の愛車を運転する寡黙な女性が、互いの喪失に触れながら自らの過去と向き合っていく。
原作「ドライブ・マイ・カー」を軸に、同じ短編集『女のいない男たち』に収められた「シェエラザード」と「木野」の要素を組み込み、チェーホフの戯曲『ワーニャ伯父さん』を劇中劇として配置。日本語、韓国語、中国語、英語、韓国手話が交わる演劇制作と、赤いサーブ900での移動を通じて、愛、裏切り、罪悪感、喪失からの再生を描き出す。
主演は西島秀俊。共演に三浦透子、霧島れいか、岡田将生らが名を連ねる。第74回カンヌ国際映画祭では日本映画初となる脚本賞を受賞し、第94回アカデミー賞では日本映画として初めて作品賞にノミネート。国際長編映画賞を受賞した。
作品情報
| 日本版タイトル | 『ドライブ・マイ・カー』 |
|---|---|
| 英題 | Drive My Car |
| 製作年 | 2021年 |
| 日本公開日 | 2021年8月20日 |
| ジャンル | ドラマ/ロードムービー |
| 製作国 | 日本 |
| 原作 | 村上春樹「ドライブ・マイ・カー」(短編集『女のいない男たち』所収) |
| 上映時間 | 179分 |
| 監督 | 濱口竜介 |
|---|---|
| 脚本 | 濱口竜介/大江崇允 |
| プロデューサー | 山本晃久 |
| 製作代表 | 中西一雄/定井勇二 |
| 撮影 | 四宮秀俊 |
| 照明 | 高井大樹 |
| 録音 | 伊豆田廉明 |
| 美術 | 徐賢先 |
| 編集 | 山崎梓 |
| 音楽 | 石橋英子 |
| 出演 | 西島秀俊/三浦透子/霧島れいか/パク・ユリム/ジン・デヨン/ソニア・ユアン/アン・フィテ/ペリー・ディゾン/安部聡子/岡田将生 |
| 製作 | 『ドライブ・マイ・カー』製作委員会 |
| 制作プロダクション | C&Iエンタテインメント |
| 配給 | ビターズ・エンド |
あらすじ
舞台俳優で演出家の家福悠介は、脚本家の妻・音と穏やかな結婚生活を送っていた。しかし、音は家福にある秘密を残したまま突然この世を去ってしまう。
それから2年後。妻を失った痛みを抱え続ける家福は、広島の演劇祭でチェーホフの『ワーニャ伯父さん』を演出することになる。演劇祭の規定によって専属ドライバーを付けられた家福は、寡黙な女性・渡利みさきに愛車の赤いサーブ900を預ける。
日本語、韓国語、中国語、英語、韓国手話を用いる俳優たちとの稽古が進む一方、家福は妻と関係のあった若手俳優・高槻耕史とも向き合わなければならなくなる。やがて家福とみさきは、車内で過ごす時間の中で、それぞれが抱えてきた傷と罪悪感を少しずつ打ち明けていく。
主な登場人物(キャスト)
家福悠介(西島秀俊):舞台俳優であり演出家。妻・音の死から2年がたっても、彼女が残した秘密と喪失を受け止めきれずにいる。広島の演劇祭で、多言語による『ワーニャ伯父さん』の演出を担当する。
渡利みさき(三浦透子):家福の専属ドライバーとして雇われた寡黙な女性。高い運転技術を持ち、家福が大切にしている赤いサーブ900を慎重に扱う。北海道で過ごした過去と、母親をめぐる深い傷を抱えている。
家福 音(霧島れいか):家福の妻で、テレビドラマの脚本家。物語を生み出す独特の才能を持つ。家福と深く愛し合う一方、夫が直視することのできない秘密を残して突然亡くなる。
高槻耕史(岡田将生):人気を失いつつある若手俳優。音とある関係を持っていた人物で、家福が演出する『ワーニャ伯父さん』の主人公ワーニャ役に抜擢される。衝動的で危うい一面を持つが、俳優として人を引き付ける力も備えている。
イ・ユナ(パク・ユリム):韓国手話で演じる俳優。『ワーニャ伯父さん』ではソーニャ役を務める。声を発することなく、手の動き、表情、身体によって登場人物の感情を伝える。
コン・ユンス(ジン・デヨン):広島の演劇祭に参加する韓国人スタッフで、イ・ユナの夫。家福にみさきを専属ドライバーとして紹介する。
作品の魅力解説
カンヌ脚本賞も納得させる、喪失と再生の物語
本作は、約40ページの短編「ドライブ・マイ・カー」を単純に引き延ばした映画ではない。「シェエラザード」と「木野」のモチーフ、さらにチェーホフの『ワーニャ伯父さん』を重ね、約3時間の物語へと再構築している。
妻を完全には理解できなかった家福と、母親に対する複雑な記憶を抱えるみさき。ふたりの傷は簡単に癒やされることも、美しい思い出に置き換えられることもない。それでも、自分の痛みと醜さを認め、これからも生きていくための言葉を探していく。劇中劇と現実の台詞が少しずつ響き合う構成は緻密であり、カンヌ国際映画祭脚本賞も納得の、静かに心へ沁み込む傑作となっている。
静止と運動を共存させる、計算された映像
四宮秀俊による撮影は、登場人物の感情を説明するのではなく、構図、光、距離、風景の動きによって観客に想像させる。川を画面に斜めに配置し、一方では風景が流れ、もう一方では静止しているかのように見せるカットなど、画面内の静と動の組み合わせが印象深い。
家福とみさきが、サーブのサンルーフからたばこを持つ手だけを外へ伸ばす場面も忘れ難い。ふたりの表情を大きく映さず、並んだ手と煙だけで、言葉にしきれない信頼や連帯を表現している。撮影位置と照明の一つひとつに意味を感じさせ、何気ない風景が登場人物の内面と結び付いていく。
環境音を生かし、必要な瞬間にだけ届く音楽
音響面では、風、川、車の走行音といった環境音が、多くの場面で音楽に代わる役割を担っている。静かな空間に俳優の声や呼吸が浮かび上がることで、一つひとつの言葉に耳を傾けさせる設計だ。
石橋英子による音楽は常に感情を誘導するのではなく、物語に本当に必要な“ここぞ”という場面でだけ、しっとりと入り込んでくる。その抑制があるからこそ、旋律が流れ始めた瞬間には、登場人物の心がわずかにほどけていくような感覚と鳥肌をもたらす。
演技なのか本心なのかを揺らがせる会話
登場人物の多くが俳優、脚本家、演出家など、演劇や映像制作に携わる人々である。そのため、日常の会話でさえ、どこまでが本心で、どこからが演技なのか判然としない。感情を表面へ出しすぎず、言葉を平らに置くような話し方でありながら、単なる棒読みにはならないという不思議な緊張感が全編に漂う。
日本語だけでなく、韓国語、中国語、英語、韓国手話が混在する『ワーニャ伯父さん』の稽古では、互いの言葉を完全には理解できない俳優たちが、声の調子、間、視線、身体の動きによって関係を築いていく。言葉の意味を超えて他者へ近づくことが、映画そのものの主題にもなっている。
観客を引き込む俳優陣
西島秀俊と三浦透子は、感情を激しく発散するのではなく、沈黙や小さな反応の中に人物の過去をにじませる。霧島れいかは、家福の記憶に残り続ける音を、愛情と謎めいた危うさが同居する存在として演じている。パク・ユリムが韓国手話と表情で披露する演技も、発声だけが芝居ではないことを強く印象付ける。
中でも、車内で高槻が音の残した物語を語る場面の岡田将生は圧巻だ。静かな口調のまま言葉を積み重ね、理性、欲望、後悔、自己破壊的な危うさを一つの長い語りへ封じ込める。観客を吸い寄せ、瞬きすら忘れさせるような力があり、俳優としての凄みを改めて実感させる場面となっている。
約3時間にわたって重い感情と向き合う作品でありながら、鑑賞後に残るのは疲労だけではない。登場人物たちと同じ時間を過ごし、傷を言葉にする過程を見届けたことで、観客自身もどこか癒やされたような余韻を得られる。
世界の映画賞と批評家から獲得した高評価
第74回カンヌ国際映画祭では、濱口竜介と大江崇允が脚本賞を受賞。国際映画批評家連盟賞、エキュメニカル審査員賞、AFCAE賞にも選ばれた。
第94回アカデミー賞では、作品賞、監督賞、脚色賞、国際長編映画賞の4部門にノミネートされ、国際長編映画賞を受賞。日本映画がアカデミー賞作品賞候補となったのは本作が初めてである。また、第79回ゴールデングローブ賞の非英語映画賞、第75回英国アカデミー賞の非英語作品賞も受賞した。
批評集積サイトRotten Tomatoesでは、2026年8月時点で批評家支持率97%を記録。Metacriticでも、42件の批評に基づくMetascoreは91点となっている。179分という上映時間の長さを指摘する声はあるものの、脚本、演出、撮影、俳優陣の演技は極めて高く評価されている。
ライター/エディター/映画インスタグラマー。2019年に早稲田大学法学部を卒業。東京都職員として国際業務等を経験後、ライター業に転身。各種SNS(Instagram・X)やYouTubeチャンネル「cula 見て聞く映画マガジン(旧:アルテミシネマ)」においても映画や海外ドラマ、音楽といったカルチャーに関する情報レビューを発信している。
