映画『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』(2022)を紹介&解説。
映画『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』概要
映画『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』は、ライアン・クーグラー監督(『ブラックパンサー』『クリード チャンプを継ぐ男』)が、偉大な王ティ・チャラを失った超文明国ワカンダの喪失と再生、新たな脅威との対立を描くマーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)のヒーロー映画。2018年の『ブラックパンサー』の続編であり、チャドウィック・ボーズマンの死を受けて、残された者たちが悲しみと向き合いながら未来へ進む物語として再構築された。ワカンダに謎の海底国タロカンとその王ネイモアが接触し、ヴィブラニウムをめぐる世界規模の緊張が高まっていく。主演はレティーシャ・ライト、共演にアンジェラ・バセット、ルピタ・ニョンゴ、ダナイ・グリラ、ウィンストン・デューク、テノッチ・ウエルタ・メヒアら。
作品情報
| 日本版タイトル | 『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』 |
|---|---|
| 原題 | Black Panther: Wakanda Forever |
| 製作年 | 2022年 |
| 本国公開日 | 2022年11月11日 |
| 日本公開日 | 2022年11月11日 |
| ジャンル | アクション/ヒーロー/SF |
| 製作国 | アメリカ |
| 原作 | マーベル・コミック『ブラックパンサー』(コミック) |
| 上映時間 | 161分 |
| 監督 | ライアン・クーグラー |
|---|---|
| 脚本 | ライアン・クーグラー/ジョー・ロバート・コール |
| 製作 | ケヴィン・ファイギ/ネイト・ムーア |
| 製作総指揮 | ルイス・デスポジート/ヴィクトリア・アロンソ/バリー・H・ウォルドマン |
| 撮影 | オータム・デュラルド・アーカポー |
| 編集 | マイケル・P・ショーヴァー/ケリー・ディクソン/ジェニファー・レイム |
| 作曲 | ルドヴィグ・ゴランソン |
| 出演 | レティーシャ・ライト/ルピタ・ニョンゴ/ダナイ・グリラ/ウィンストン・デューク/アンジェラ・バセット/テノッチ・ウエルタ・メヒア/ドミニク・ソーン/フローレンス・カサンバ/ミカエラ・コール/マーティン・フリーマンほか |
| 製作 | マーベル・スタジオ |
| 配給 | ウォルト・ディズニー・スタジオ |
あらすじ
国王でありブラックパンサーでもあったティ・チャラを失ったワカンダ王国。母ラモンダ、妹シュリ、親衛隊ドーラ・ミラージュ、そして国民たちが深い悲しみに暮れる一方、世界各国はワカンダが保有する希少金属ヴィブラニウムを狙い始める。
そんな中、海底に存在する知られざる王国タロカンの王ネイモアがワカンダの前に姿を現す。地上世界に対して強い警戒心を抱くネイモアは、ラモンダとシュリにある要求を突きつける。
ティ・チャラという絶対的な存在を失ったまま、外部からの圧力と新たな国家との対立に直面するワカンダ。悲しみから抜け出せずにいるシュリもまた、自らが何を守り、どのような未来を選ぶのかという決断を迫られていく。
主な登場人物(キャスト)
シュリ(レティーシャ・ライト):ティ・チャラの妹で、ワカンダが誇る天才科学者。兄を失った悲しみを抱えながら研究に没頭している。ワカンダを襲う新たな危機の中で、自分自身の喪失や怒り、国の未来と向き合っていく。
ラモンダ(アンジェラ・バセット):ティ・チャラとシュリの母で、ワカンダの女王。息子を失った悲しみを抱えながらも、国を率いる者として国外からの圧力に毅然と立ち向かう。
ネイモア(テノッチ・ウエルタ・メヒア):海底王国タロカンを統治する王。民からは羽毛ある蛇の神「ククルカン」と呼ばれる存在で、飛行能力や水中での呼吸能力など超人的な力を持つ。自国の民を守るという強い信念からワカンダへ接触する。
オコエ(ダナイ・グリラ):ワカンダ国王親衛隊ドーラ・ミラージュを率いる戦士。高い戦闘能力と国家への忠誠心を持ち、ティ・チャラ亡き後もラモンダやシュリを守るため戦う。
エムバク(ウィンストン・デューク):ジャバリ族を率いる族長。かつてティ・チャラと王位を争った人物だが、現在はワカンダを支える重要なリーダーのひとり。豪快な人物でありながら、危機の中では冷静な判断力も見せる。
ナキア(ルピタ・ニョンゴ):ワカンダのスパイ「ウォー・ドッグ」として活動してきた女性で、ティ・チャラのかつての恋人。故郷から離れて暮らしていたが、ワカンダが直面する危機を受けて再び物語に関わっていく。
リリ・ウィリアムズ(ドミニク・ソーン):MITに通う若き天才発明家。高度な技術力を持ち、ある発明をきっかけとしてワカンダとタロカンの対立に巻き込まれる。後にアイアンハートとして活躍するMCUの新世代ヒーロー。
エヴェレット・ロス(マーティン・フリーマン):CIA捜査官。前作でティ・チャラたちに協力した経験を持ち、ワカンダと外の世界をつなぐ数少ない人物のひとり。
作品の魅力解説・レビュー
チャドウィック・ボーズマンへの追悼と「喪失」を物語そのものに変えた続編
本作を最も強く特徴づけているのは、ティ・チャラ/ブラックパンサーを演じたチャドウィック・ボーズマンの不在を、単なる設定上の変更として処理するのではなく、作品そのものの中心へと据えた点である。
鑑賞前の段階では、ティ・チャラを失ったワカンダの新時代を描くだけでも容易ではないところへ、海底王国タロカン、ネイモア、リリ・ウィリアムズといった数多くの新要素が加わることで、物語が焦点を欠いて散漫になりはしないかという懸念もあった。だが本作は、161分という長尺をむしろ味方につけ、国家間の政治、戦争、ヒーローアクション、新キャラクターの導入、そして残された者たちの喪失という性質の異なる要素を、ひとつの物語へと破綻なく束ね上げてみせる。
その中心軸を担うのがシュリである。偉大な兄を失った妹としての悲しみと、国家を背負う一員としての責任とが分かちがたく重なり合い、彼女はそう簡単には前を向くことができない。悲しみがやがて怒りへと転じ、それが彼女の選択そのものを左右していく——その過程までを丁寧に追ったことで、本作は前作以上にパーソナルな人間ドラマとして、観客が深く感情移入できる作品となった。
加えて、現実にボーズマンを喪った観客と、物語の内側でティ・チャラを喪った登場人物たちの感情とが分かちがたく響き合う構造も大きい。ここにあるのは、単に「次のブラックパンサーは誰か」を決めるための映画ではない。大切な存在を失った者たちが、その不在を抱えたまま、それでもいかにして生き続けていくのかを見つめる、追悼の物語なのだ。
国家間の衝突と個人の怒りを重ねた「復讐の連鎖」の物語
『ブラックパンサー』シリーズならではの政治的テーマも、本作で健在である。
ティ・チャラがワカンダの存在を世界に向けて公にしたことで、ヴィブラニウムをめぐる国際情勢そのものが大きく塗り替えられている。そこへ立ち現れるのが、ワカンダと同じく外部の目から身を隠しつつ独自の文明を育んできた海底王国タロカンだ。両国は一見すると近しい立場にあり、いずれも自国と民を守ろうとする点では変わらない。だが「守るために何をなすのか」という一点で思想が食い違い、やがて国家レベルの対立へと発展していく。
本作の戦闘は、ヒーロー同士がぶつかり合う爽快なスペクタクルとしてのみ描かれるわけではない。対立が深まるほどに、双方それぞれが守りたい人々と、失いたくないものを抱えていることが浮かび上がってくる。ゆえに終盤の大規模な会戦においては、興奮よりもむしろ「これ以上戦わないでほしい」という痛切な思いのほうが強く込み上げてくるのだ。
国家同士の戦争と、ひとりの人間が胸に抱く怒りや復讐心とを並行して描きながら、「傷つけられたから傷つけ返す」という応酬の連鎖を、いったいどこで断ち切れるのかを問う——その構成は実に見事というほかない。
ワカンダと対になる新世界「タロカン」
新たに登場する海底王国タロカンもまた、本作を前作の単なる焼き直しに終わらせない大きな要素である。原作コミックにおけるネイモアは海底王国アトランティスと結びついたキャラクターだが、映画版ではその設定が大胆に再構築されている。
タロカンは古代メソアメリカ文明、とりわけマヤ文化から色濃く影響を受けた文明として緻密に作り込まれ、衣装や建築、装飾、図像の細部に至るまでその文化的要素が織り込まれた。人々が交わす言語にもユカテコ・マヤ語が採用されている。アフリカの文化を未来的なテクノロジーと融合させたワカンダに対し、タロカンもまた固有の歴史と文化を宿す国として設計されているのだ。
それゆえネイモアも、単純な侵略者としてではなく、外部の脅威から自国を守り抜こうとするひとりの王として説得力を持って成立している。「世界から身を隠して発展を遂げた強大な国家」という共通項を持つワカンダとタロカンを正面から衝突させたことで、本作は続編として自然に世界観を押し広げると同時に、前作から連なる植民地主義や資源をめぐる搾取への鋭いまなざしをも確かに受け継いでいる。
ネイモアを単純なヴィランにしないリーダー同士の対立
ネイモアという人物の魅力は、世界征服を目論むような紋切り型のヴィランではない点にこそある。彼が何より優先するのはタロカンとその民の安全であり、その目的自体はワカンダのリーダーたちのそれと少しも変わらない。対立の火種となるのは、その安全を守るためならどこまで手を尽くすのかという、手段をめぐる一線の引き方の違いである。
圧倒的な力を備えながら、同時に自国を守り抜かねばならない指導者でもあるネイモア。その彼を、やはり国の未来を双肩に担うワカンダ側の面々と対置してみせたことで、本作には善悪の二項では到底割り切れない対立が生まれている。
演じるテノッチ・ウエルタ・メヒアの存在感もまた強烈だ。MCUのなかでも屈指の長い歴史を誇るコミックキャラクターを、映画独自の文化的背景を負った人物として、鮮烈に再構築してみせた。
リリ・ウィリアムズを無理なく組み込んだMCUとしての広がり
のちにアイアンハートとして活躍するリリ・ウィリアムズが、本作でMCUへと初めて姿を現す。単独で切り取って見れば「彼女の存在なしでも物語は成立したのではないか」という思いがよぎる余地はあるものの、ヴィブラニウムをめぐる争奪に彼女の発明を絡めたことで、少なくとも単なる次回作の客寄せ役に留まらず、物語を前へ動かすひとつのピースとして確かに機能している。
天才発明家という資質を分かち合うシュリとの取り合わせも相性がよい。高度なテクノロジーを息をするように使いこなすふたりの若い女性が並び立つことで、MCUの次世代を予感させる関係性が立ち上がっている。
メカニカルなスーツ開発がもたらす『アイアンマン』以来の高揚もあり、本作を入口として、アイアンハートという新たなヒーローへの興味を無理なく手繰り寄せていく。
残されたワカンダを支える女性たち、そしてエムバク
ティ・チャラを喪った本作では、シュリ、ラモンダ、オコエ、ナキアをはじめとする女性たちが物語の中心を担っている。彼女たちは等しく同じ喪失をくぐり抜けていながら、悲しみとの向き合い方も、ワカンダを守るために選び取る行動も、それぞれに異なっている。
女性を中心に据えたヒーロー映画でありながら、本作はそのこと自体を殊更に特別なイベントとして押し出すことをしない。前作から丹念に積み重ねてきたキャラクターたちの物語の、自然な延長線上にこの群像を成立させてみせた——その手つきにこそ好感が持てる。
そして、筆者の個人的なMVPをひとり挙げるとすれば、迷わずエムバクの名を推したい。前作では豪放なジャバリ族の長として強烈な印象を刻んだ人物だが、本作のティ・チャラ亡きワカンダにあっては、腕力だけでなく冷静さをも兼ね備え、周囲を支える存在へと成長を遂げている。
誰もが悲しみや怒りに心を揺らすこの状況だからこそ、しかるべき時に地に足のついた現実的な言葉を投げかけるエムバクの姿は、実に頼もしい。絶対的な王を喪ったワカンダにおいて、その国を精神の面から支える重要な柱のひとりは、ほかならぬ彼なのではないか——そう思わせるだけの説得力が、確かにここにはある。
ルドウィグ・ゴランソンの音楽と「Lift Me Up」が完成させる追悼
前作でアカデミー作曲賞に輝いたルドウィグ・ゴランソンが、本作でも引き続き音楽を手がけている。アフリカの音楽的要素を生かしたワカンダのサウンドに加え、今回はタロカンを表現すべくメソアメリカ文化にまで調査を重ねたという。ふたつの文明を音の面からも明確に描き分け、その壮大な世界観を根底から支えている。
そして、作品の感情的な余韻を決定づけるのが、リアーナの歌う「Lift Me Up」だ。ボーズマンへの追悼という本作の核と分かちがたく結びついた楽曲であり、物語を見届けたあとに流れ出すその歌声は、映画全体に満ちた悲しみと温かさを、そっと優しく包み込んでいく。ヒーロー映画であり、国家間の政治劇であり、新たな文明の紹介であり、次世代キャラクターの導入でもある——それほど多くの要素を同時に抱え込みながら、本作の中心に最後まで揺るがず据えられているのは、ひとりの大切な人を失った者たちの感情にほかならない。
『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』は、フェーズ4の締めくくりとしてMCUの未来を広げると同時に、チャドウィック・ボーズマンと彼が演じたティ・チャラの存在を静かに見送る、極めてパーソナルなヒーロー映画となった。
簡易ストーリー解説(ネタバレ)
起|ティ・チャラの死と、新たな脅威
ワカンダ国王ティ・チャラが病死する。妹シュリは兄を救うため人工的にハート型のハーブを再現しようとするが間に合わず、深い喪失感と後悔を抱える。母ラモンダが女王としてワカンダを率いるなか、世界各国はヴィブラニウムを狙い始める。
そんななか、海底にヴィブラニウムを資源とする秘密国家タロカンが存在することが判明。その王ネイモアはワカンダへ現れ、ヴィブラニウム探知装置を開発した天才科学者リリ・ウィリアムズを殺すよう要求する。
承①|シュリとネイモア、二つの国の対立
シュリとオコエはリリを保護するが、タロカン側の襲撃を受け、シュリとリリはタロカンへ連れ去られる。
シュリはそこで、地上世界から迫害を受けてきたネイモアとタロカンの歴史を知る。ネイモアは「いずれ地上世界は自分たちを攻撃する」と考え、ワカンダと手を組んで先に世界へ対抗しようとシュリを誘う。
しかしナキアがシュリたちを救出する際にタロカン人を殺してしまい、両国の対立は決定的となる。
承②|ラモンダの死、復讐を選ぶシュリ
ネイモアは報復としてワカンダを急襲し、首都を水没させるほどの大被害を与える。
その戦いのなかで、ラモンダ女王は溺れたリリを助けるが、自身は命を落とす。兄ティ・チャラに続いて母まで失ったシュリは、ネイモアへの強烈な復讐心に支配される。
やがてシュリは人工ハート型ハーブの生成に成功し、新たなブラックパンサーとなる。しかし祖先の世界で彼女の前に現れたのはティ・チャラやラモンダではなく、かつて復讐に生きたキルモンガーだった。
転|ネイモアとの死闘、復讐か慈悲か
ブラックパンサーとなったシュリはタロカンとの全面戦争へ突入する。
ネイモアを弱らせる方法を突き止めたシュリは、彼を砂漠へ誘い出して一対一の死闘を展開。ついにはネイモアを殺せるところまで追い詰める。
しかし最後の瞬間、シュリは母ラモンダを思い出す。憎しみに任せてネイモアを殺せば、ワカンダとタロカンの復讐の連鎖は終わらない。シュリはネイモアの命を奪わず、降伏と和平を選ばせる。
結|ティ・チャラとの別れと、受け継がれる名前
戦いを終えたシュリは、ハイチで暮らすナキアのもとを訪れる。
そこでティ・チャラの葬儀で着ていた服を燃やしながら、シュリはようやく兄の死と向き合い、涙を流す。
そしてナキアには、ティ・チャラとの間に息子がいたことが明かされる。少年はトゥーサンと名乗っていたが、そのワカンダ名は父と同じ「ティ・チャラ」。
兄と母を失い、復讐に飲み込まれかけたシュリが、最後にはティ・チャラが選んだ慈悲と共存の道へたどり着き、その名前と意志が次の世代へ受け継がれていることが示されて物語は幕を閉じる。
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ライター/エディター/映画インスタグラマー。2019年に早稲田大学法学部を卒業。東京都職員として国際業務等を経験後、ライター業に転身。各種SNS(Instagram・X)やYouTubeチャンネル「cula 見て聞く映画マガジン(旧:アルテミシネマ)」においても映画や海外ドラマ、音楽といったカルチャーに関する情報レビューを発信している。
