『ガッジョ・ディーロ』などでロマ文化を描いたトニー・ガトリフ監督が77歳で死去した。
映画『ガッジョ・ディーロ』『ラッチョ・ドローム』『愛より強い旅』などで知られるフランスの映画監督トニー・ガトリフが、77歳で死去した。
家族が9月4日にAFPなどを通じて明らかにした。
ガトリフは南フランスのアルルで、新たな歴史映画の企画に取り組んでいた最中、健康上の問題により亡くなったという。
ロマの文化、移動する人々、故郷から切り離された人間、そして何より音楽。約半世紀にわたり、それらを外側から観察するのではなく、自身の人生と重ね合わせながら映画へ刻み続けた監督だった。
家族が追悼「彼の映画の美しさ、詩情、音楽への愛は永遠に残ります」
ガトリフの家族は声明で「彼の映画の美しさ、寛大さ、喜び、詩情、そして音楽への愛は、永遠に私たちの中に残り続けます」と追悼。
最後にはロマニ語で「良い旅を」といった意味を持つ、「Latcho Drom」(ラッチョ・ドローム)という言葉を贈った。
これは、そのままガトリフが1993年に発表した代表作『ラッチョ・ドローム』のタイトルでもある。インドからスペインへ至るロマの長い移動の歴史を、説明的なナレーションへ頼らず、歌、演奏、踊り、風景によってつないだ音楽映画だ。
監督自身の人生と作品世界を考えれば、家族が選んだ「Latcho Drom」は極めてガトリフらしい別れの言葉ともいえる。
『ガッジョ・ディーロ』で世界的評価、ロマ文化を映画の中心へ
1948年にアルジェリアのアルジェで生まれたガトリフは、カビール人の父とロマのルーツを持つ母のもとで育った。その後フランスへ移住し、俳優活動を経て1970年代から監督として作品を発表するようになる。
大きな転機のひとつとなったのが『ラッチョ・ドローム』。さらに1997年にはロマン・デュリス主演の『ガッジョ・ディーロ』を発表した。
ロマニ語で「愚かなよそ者」を意味するタイトルを持つ同作は、亡き父が愛した歌手を探すためルーマニアを訪れたフランス人青年が、ロマのコミュニティへ入っていく姿を描く。
ここでもガトリフが見つめるのは、単純な異文化交流ではない。言葉や国籍、民族の境界を越えたところで、人間同士を結びつける音楽や感情だった。
『愛より強い旅』でカンヌ監督賞、最期まで新作を準備
2004年には、自身の出生地アルジェリアへ向かう男女の旅を描いた日本では『愛より強い旅』を発表。ガトリフは同作によってカンヌ国際映画祭の監督賞を受賞した。
以降も『トランシルヴァニア』『自由へのトンネル』『ジェロニモ 愛と灼熱のリズム』『Djam(原題)』などを手がけ、2025年には長編『Ange(原題)』を発表。
77歳になっても創作活動は止まっておらず、亡くなる直前までアルルで新たな歴史映画の準備を進めていた。
フランス文化相のカトリーヌ・ペガールも、ガトリフについて「脇道や、消えていく境界線、私たちがあまり目を向けない人生」を好んだ映画人だったと追悼している。
トニー・ガトリフは、国境や社会の中心から外れた場所を歩き、最後までその土地の人間と音楽へカメラを向け続けた。
