【映画レビュー『クレイフェイス』】応援できないのに目が離せない! 容赦なきボディホラーとまっすぐなヴィラン物語

『クレイフェイス』より Film Review
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新作映画『クレイフェイス』 を紹介&解説するレビュー。


悪役を主人公に据えた“ヴィランの物語”は数多く作られてきたが、その多くは観客の同情を誘う事情を用意し、どこかで主人公を赦してしまう。10月30日(金)に日本公開を迎える『クレイフェイス』は、そうした安易な救済をきっぱりと拒む一作だ。誰にも肩入れできず、誰の勝利も願えない。それでもなお、スクリーンから目を離すことができない——本作は、まさにそんな稀有な体験をもたらしてくれる。

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映画『クレイフェイス』レビュー

誰も応援できない、それでも目が離せない

誰ひとり応援したいとは思えないのに、なぜか目が離せない——本作こそ、待ち望んでいた“ヴィランの物語”である。『ヴェノム』を観た際に覚えた「これではない」という違和感は、主人公が妙に愛嬌のある“ダークヒーロー”に収まってしまった点に起因していた。また、『マレフィセント』や『クルエラ』がヴィランの物語になりきれないのは、「悪に堕ちたとはいえ、そこには同情を誘うやむを得ない事情があったのだ」という語り口に終始しているからだろう。

『クレイフェイス』は、そうした作品群とは一線を画す。主人公に復讐の動機があることには納得がいくものの、観客が思わず同情を寄せてしまうほど哀れな人物としては描かれていないのだ。彼はごく当たり前に傲慢で、思慮が浅く隙だらけ。その場の欲望や衝動に任せて行動してしまう、短絡的で虚栄心に満ちた、自己中心的なナルシストである。到底、好意を抱ける人物ではない。

とはいえ、彼を地獄へ突き落としたマフィアまがいの連中や、その周囲にうごめく勢力もまた、数と金と暴力にものを言わせて好き勝手に振る舞う、痛い目を見てほしいと思わずにはいられない集団だ。言ってしまえば本作は、相当なクズと真っ黒なクズとが互いを潰し合う構図なのである。

加えて、彼に施術を行うヒロインもまた、倫理にかなった人間とは言いがたい半端者として描かれている。この点にもリアリティがある。純粋な善人など誰ひとりとして存在せず、身勝手なクズの周りには、やはり身勝手なクズが集まるものなのかもしれない。

誰ひとり応援する気になれないにもかかわらず、誰がどのような報いを受けるのか、どこで因果が巡ってくるのか——その行方に期待を寄せるうちに、観客はいつしか物語へと深く引きずり込まれていく。

そして、その仄暗い世界を一層暗く彩るのが、『西部戦線異状なし』『教皇選挙』で知られるフォルカー・バーテルマンの音楽である。クラシカルな響きと電子音とを自在に操る彼のスコアは、今回もまた、作品の世界観を見事に築き上げている。

アメコミ×ボディホラーの容赦なき融合

ジャンル映画としての完成度も極めて高く、アメコミ原作とボディホラーという組み合わせが十全に機能している。

ある事故をきっかけに奇妙な能力を手にした主人公が、当初は戸惑いながらも、次第にその力を使いこなしていく過程は王道ならではの楽しさに満ちている。さらに、姿を次々と変えながら復讐の標的へと迫っていく展開には、いくら主人公を応援する気になれなくとも、胸を高鳴らせながら見守らずにはいられない。

そして、ボディホラーとしての描写も実に容赦がない。流血、変形、損壊が絶え間なく畳みかけられ、筆者と同じ回の観客の中には、思わず目を覆う人の姿も見受けられた。その反応も無理はない。痛みが生々しく伝わり、グロテスクで、心底気味が悪い。それだけ造形と演出は巧みだった。

クレイ=粘土のように自在に形を変える身体を題材としているからこそ、制約のないゴア表現が可能となっており、「次は何が起こるのか」という期待感が途切れることはなかった。

誰にでもなれるのに、自分だけは変えられない

顔は、人のアイデンティティを形づくる重要な要素のひとつである。顔を含む身体が溶け出し、他者との境界線さえ失われていくマットの姿は、視覚的な衝撃をもたらすだけでなく、自己の輪郭すら定まらない彼の人格そのものを体現している。

俳優である彼は、仕事を離れた場面においても、絶えず何かを“演じ”続けているように見える。他人にこう見られたい自分、こうありたいと願う自分、相手に合わせて取り繕った自分——そうした仮面が重なるほどに、“ありのままの彼”は次第に見えなくなっていく。誰にでも姿を変えられるにもかかわらず、自分自身と向き合い、自分自身を変えることだけはできない。マットは、そうした哀しき男なのだ。

端正で魅力的な顔を持ちながら、その内側のアイデンティティは空虚。そんな彼が、唯一の拠り所であった美しい顔さえも失い、寂しさと怒りだけを抱えた化け物へと変貌していく。その過程を、トム・リース・ハリーズは自身の美貌と繊細な演技力をもって見事に演じきってみせた。


同情の余地のない主人公、容赦のないボディホラー、そして顔とアイデンティティをめぐる哀しい寓話。『クレイフェイス』は、ヴィランを”愛すべき存在”へと矮小化することなく、その醜さも空虚さも真正面から描ききった、ジャンル映画の快作である。誰を応援するでもなく、ただ因果の行方を見届けたい——そんな背徳的な興奮を、ぜひ10月30日(金)からの日本公開で、劇場の大きなスクリーンで味わってほしい。

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