【映画レビュー『THE MUMMY/ザ・マミー 棺の中の少女』】戻ってきた娘はもう娘ではない-家族の愛を侵食する“不快指数MAX”の悪夢

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『THE MUMMY/ザ・マミー 棺の中の少女』より ©2026 Warner Bros. Ent. All rights reserved

新作映画『THE MUMMY/ザ・マミー 棺の中の少女』 を紹介&解説するレビュー。


2026年5月15日(金)日本公開の映画『THE MUMMY/ザ・マミー 棺の中の少女』は、『死霊のはらわた ライジング』のリー・クローニン監督が手がける新たなホラー作品だ。幼い娘が砂漠で失踪し、8年後に家族のもとへ戻ってくる。しかし、その再会は決して救いではない。かつての娘であって、もう同じ娘ではない存在を前に、家族の絆は少しずつ崩れ、家の中には疑念と恐怖が広がっていく。

本作は、ミイラ映画という題材を使いながら、冒険活劇ではなく、家族の崩壊と身体的嫌悪を前面に押し出したホラーとして作られている。派手な恐怖よりも先に残るのは、どうしようもないやるせなさと、見てはいけないものを見てしまったような不快感だ。ここでは、そんな本作がなぜ“最高に嫌な映画”として機能しているのかを見ていきたい。

いい意味で“最高に嫌な映画”-家族が壊されていく不快感

リー・クローニン監督による本作は、いい意味で“最高に嫌な映画”である。砂漠で幼い娘が失踪し、8年後に家族のもとへ戻ってくる。しかし、本来なら喜びで満たされるはずの再会は、やがて悪夢へと変わっていく。戻ってきた娘は、かつての娘であって、もう同じ娘ではない。その違和感が家の中に入り込んだ瞬間から、本作は観客に逃げ場のない不快感を突きつけてくる。

何よりきついのは、家族が少しずつ家族でなくなっていく過程だ。娘の失踪によって一度壊れた家庭は、再会によって救われるどころか、さらに深い亀裂へと追い込まれていく。娘に何が起きたのか、彼女をどう受け止めればいいのか、残された家族はそれぞれの立場で疑い、戸惑い、孤立していく。その悲劇が単なる不運ではなく、他者の陰謀や悪意によって引き起こされたものだと見えてくることで、やるせなさはさらに増していく。

本作の不快感は、恐怖描写の強さだけにあるのではない。悪魔に憑かれたかのように振る舞う娘の姿はもちろんおぞましいが、それ以上に、彼女を前にした家族の心が少しずつすり減っていくことが苦しい。守りたいはずの存在が、同時に恐怖の対象になってしまう。その矛盾を家の中に閉じ込めたまま見せ続けるからこそ、本作のホラーは単なるショック描写ではなく、観客の感情をじわじわと侵食するものになっている。

良くも悪くも王道ホラー-予測できる地獄へ落ちていく怖さ

本作の展開は、良くも悪くも王道ホラーの文法にかなり忠実である。悲劇が起き、主人公の周囲に不信感が広がり、それぞれが孤立していく。そして、ようやく事態を理解しかけたところで、さらに悪いことが起きる。その繰り返しによって物語は少しずつ逃げ場を失い、家族の空間だったはずの場所が、互いを疑い、傷つけ合う場所へと変わっていく。

この構造自体に大きな新鮮さがあるわけではない。失踪、帰還、違和感、孤立、さらなる惨劇という流れは、ホラー映画では決して珍しくない。しかし本作の場合、その“先がある程度読める”感覚もまた、不快な効果を生んでいる。観客は、おそらくこの家族がもっと悪い方向へ進んでいくことを察している。それでも止めることはできない。だからこそ、物語が地獄へ向かって一歩ずつ進んでいく過程そのものに、じわじわとした嫌さがある。

撮影や音楽も、その不穏感をかなりわかりやすく煽ってくる。暗がりの中に何かが潜んでいるような画作り、静けさを破る音の使い方、登場人物の不安を膨らませるような間の取り方は、やや過剰に感じられる場面もある。それでも、観客に「この家にはもう安心できる場所がない」と思わせる効果は十分にある。わざとらしさと紙一重ではあるが、その演出の強さが、本作の“嫌な空気”を支えている。

一方で、内容に対してやや尺が長く感じられるのも事実だ。家族の崩壊や娘の異変をじっくり見せることで不快感は深まっているが、もう少し静かに、もう少し削ぎ落として見せた方が、恐怖の密度は高まったかもしれない。それでも本作は、王道ホラーの型を使いながら、家族が壊れていく過程を逃げ場なく見せることで、最後まで観客を嫌な気持ちにさせ続ける。そこに、この映画の強みと弱さの両方がある。

美術と特殊メイクが生む、触れたくないほどの生々しさ

本作の不快感を視覚的に支えているのが、美術や特殊メイクの力である。物語の中心となる家は、単なる舞台装置ではなく、家族の記憶や傷が染みついた場所として丁寧に作り込まれている。生活感のある室内、どこか閉塞感を覚える空間設計、そこに置かれたプロップのひとつひとつが、登場人物たちの心をじわじわと追い詰めていくように見える。ホラーファンであれば、この映像世界に足を踏み入れた瞬間から、どこか惹きつけられるものがあるはずだ。

なかでも強烈なのは、戻ってきた娘の“変化”を表現する特殊メイクである。彼女の姿は、はっきりと異常でありながら、完全に人間から切り離された怪物にも見えない。そこにあるのは、かつて愛していた家族の面影と、もう確実に元には戻れない何かが同居しているような気持ち悪さだ。だからこそ、ただ怖いだけでは終わらない。目を背けたくなるほど不快でありながら、家族がその姿をどう受け止めるのかを見届けずにはいられない。

人体損壊描写もまた、本作のホラーとしての強度を押し上げている。痛みを想像させる肉体の変化、身体が壊れていく感覚、画面に残る生々しい質感は、観客の神経に直接触れてくるような嫌さがある。ただ派手に見せるのではなく、家族の崩壊や娘の異変と結びついているからこそ、グロテスクな描写が物語の感情をさらに悪化させていく。美術、特殊メイク、人体描写が一体となり、本作は“見たくないのに見てしまう”ホラーとしての魅力を成立させている。


本作の怖さは、単に驚かせることや残酷な描写にあるのではない。守りたい存在が恐怖の対象に変わり、救いであるはずの再会がさらなる絶望を呼び込む。その構造こそが、観客の感情をじわじわと削っていく。5月15日(金)日本公開の『THE MUMMY/ザ・マミー 棺の中の少女』は、気持ちよく怖がる映画というより、観終わったあともしばらく嫌な感触が残り続ける一本である。

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