ピクサーが3年かけた映画をお蔵入りにした理由――「ガールズ映画は出せない」発言と幻の作品『Be Fri』の真相

ピクサーが3年かけた映画をお蔵入りにした理由――「ガールズ映画は出せない」発言と幻の作品『Be Fri』の真相 Animation
ピクサー

ピクサーで数年にわたり開発されながら中止された長編映画『Be Fri(原題)』をめぐり、その異例の経緯と判断の背景に注目が集まっている。


ピクサーがオリジナル作品で再び存在感を示しつつあるなか、日の目を見ることなく終わった1本の長編企画が波紋を広げている。ウォール・ストリート・ジャーナルは先月、同スタジオで数年にわたり開発されていた『Be Fri(原題)』が2023年末に中止されたと報道。さらに米『ザ・ハリウッド・リポーター』誌は、その制作過程や中止決定前後の状況について、関係者証言を交えて伝えた。

複数回の改訂を重ね、アニメーション工程に入れる段階まで進んでいたとされる本作は、なぜお蔵入りとなったのか。その経緯は、現在のピクサーとディズニーの創作判断を考えるうえでも見過ごせないものとなっている。

ピクサーが数年をかけて開発した『Be Fri(原題)』とは

『Be Fri』は、ピクサーの2019年短編『心をつむいで』を手がけたクリスティン・レスターが発案した長編映画である。レスター自身の思春期における友情の変化に着想を得た作品で、かつて親友同士だったふたりの十代の少女が主人公。お気に入りのセーラームーン風テレビ番組が実在していたと知った彼女たちが、人類を救うため宇宙規模の冒険へと踏み出す物語が描かれる予定だった。

企画には、映画『でっかくなっちゃった赤い子犬 僕はクリフォード』の脚本家ブレイズ・ヘミングウェイ、そして長年ピクサーに在籍した編集者ニコラス・C・スミスらも参加していたという。報道によれば、本作は約3年にわたり開発され、50人規模が関わるプロジェクトへと拡大。さらに上層部からの指摘を受けて4度の改訂が重ねられ、制作中止が決まった時点では、すでにアニメーション工程に入れる段階まで仕上がっていたとされる。

関係者証言からは、その異例さも浮かび上がる。『Be Fri』に携わった元ピクサー社員は、ブレーントラスト3(内部での試写)の後にディズニー側から全面的な見直しを求められたとしたうえで、「映画を全部作り直す」と訴えたクリエイティブチームが、「6週間、昼も夜も、週7日で文字通り作り直した」と振り返った。アニメーション長編のプリプロダクションには本来長い時間を要するだけに、この証言は、チームが極めて厳しい状況のなかで作品の完成を目指していたことを物語っている。

“ガールズパワー系の映画は出せない”と受け止められた判断

『Be Fri』をめぐって波紋を広げているのは、制作中止という結果だけではない。米『ザ・ハリウッド・リポーター』が伝えた元社員の証言からは、ディズニー側が作品の方向性そのものに強い懸念を示していた様子もうかがえる。

証言によれば、ディズニーは修正のたびに「男の子が自分を重ねられる要素が足りない」と感じていたようで、元社員はその空気感を振り返りながら、「ディズニーの担当者は『ガールズパワー系の映画は出せない』と言っていた」と語ったという。少女ふたりを主人公に据えた本作の企画意図が、そうした判断のなかで十分に受け止められなかった可能性がある。

しかも、この証言が注目されるのは、近年のピクサーやディズニーが女性主人公の作品で成果を上げてきた流れとも重なるためである。ピクサーでは2024年の『インサイド・ヘッド2』が世界的ヒットを記録し、Disney+作品『私ときどきレッサーパンダ』も大きな支持を集めた。そうした実績があるなかでも、『Be Fri』に対して少女中心の物語であることが不利に働いたようにも受け取れる証言が出たことは、スタジオの判断基準をめぐる新たな議論を呼びそうだ。

また、『Be Fri』の中止が決まった時期も見逃せない。2023年末は、同性カップルのキスシーンをめぐって『バズ・ライトイヤー』が一部で政治的な論争に巻き込まれ、興行的にも苦戦した時期に重なる。さらに同じ頃、ピクサーでは『星つなぎのエリオ』についても主人公のクィア的な描写を薄める方向で再構成が進められていたと報じられている。こうした流れを踏まえると、『Be Fri』をめぐる判断もまた、作品単体の出来不出来だけではなく、世間の反応を過度に意識した社内判断の一部だったのではないかという見方も浮かび上がってくる。

“壊滅的だった”中止の余波と、いま浮かぶ皮肉な対比

『Be Fri』の中止は、制作に関わっていたスタッフに深い喪失感を残したようだ。元社員は、映画そのものがキャンセルされた時は「本当に壊滅的だった」と振り返っており、スタジオ内では作品を悼むための場まで設けられたという。そこにはメモや思い出の品を置けるスペースが用意され、『Be Fri』にまつわるアートも飾られるなど、まるで「葬儀のようなもの」が行われたと証言している。作品に対する愛着の強さと、それだけ多くのスタッフが世に送り出したいと願っていたことがうかがえるエピソードである。

一方で、こうしたお蔵入りの判断は、ピクサー内部の空気にも影を落としているようだ。別の元社員は、『星つなぎのエリオ』や『Be Fri』のような作品をめぐり、世間の反応を過度に気にした意思決定が行われているように見えることに失望しているスタッフは少なくないと証言。「ピクサー内での冗談」として、経営陣は「まったくの骨なし」と呼ばれているとも語ったという。スタジオの広報担当者は今回の取材へのコメントを断っているようだ。

もっとも、ピクサーにとってオリジナル作品の未来が完全に閉ざされているわけではない。2023年の『マイ・エレメント』に続き、『私がビーバーになる時』は批評面でも興行面でも好調な反応を得ており、今後は『Gatto(原題)』のような新作も控えている。加えて、『トイ・ストーリー5』の公開も控えるなかで、スタジオ全体としては再び勢いを取り戻しつつある局面ともいえる。

ただ、その現在地を踏まえるほど、『Be Fri』をめぐる判断には皮肉な対比も浮かぶ。過去12カ月で大きな注目を集めたアニメ作品のひとつとして挙げられる『KPOPガールズ! デーモン・ハンターズ』について、元社員は『Be Fri』との共通点を「否定できない」と指摘している。音楽的な要素を持ち、勢いのある少女たちの物語が支持を広げた現状は、『Be Fri』のような企画が別のかたちで受け入れられ得た可能性を想起させるという。元社員は、作品を退けた側がこの成功を見て、「Netflixが俺たちがやりたかったことをやってる、と悔しがっている姿が目に浮かぶ」とも語ったという。

公開されなかった『Be Fri(原題)』の実像を観客が知ることはないかもしれない。それでも、その開発中止をめぐる証言の数々は、ピクサーがいま何を恐れ、何を手放したのかを逆説的に映し出している。オリジナル作品で再び成果を示しつつあるスタジオだからこそ、この幻の1本が残した問いは、今後も消えずに残り続けそうだ。

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