パームスプリング映画祭で功労賞を受賞したイーサン・ホークが、人生に影響を与えた故リバー・フェニックスへの思いを明かした。
リチャード・リンクレイター監督作『Blue Moon(原題)』やスコット・デリクソン監督の『ブラック・フォン2』など、近年も評価の高い作品への出演が続くイーサン・ホークが、パームスプリング映画祭でキャリア功労賞を受賞した。授賞式のスピーチでホークは、自身の歩んできた俳優人生を振り返りながら、「今回表彰されているこのキャリアを実際に作り上げてくれた人々」への感謝を語り、その中でも特別な存在として、若き日に共演した故リバー・フェニックスの名を挙げた。
「決してひとりでは成し遂げられなかった」キャリアへのまなざし
授賞式には多くの映画人が集い、華やかな雰囲気の中で功労賞が贈られたが、ホーク自身はその栄誉を「信じられないほど内省的な」ものとして受け止めていたという。長年にわたり第一線で活躍してきた自身のキャリアについて考える中で、彼の意識は自然と「それを支えてきた人々」へと向かった。
ホークはスピーチの中で、「僕は一貫した性質を持っている。そうだけど、その織物には非常に多くの人々が編み込まれているんだ」と語り、「僕は決して一人で何かを成し遂げたことはない」と続けた。その言葉通り、彼は個人の成功としてではなく、無数の出会いと協働の積み重ねとして自らの俳優人生を捉えており、その象徴として最初に名前を挙げたのが、かつて少年時代を共に過ごしたリバー・フェニックスだった。
13歳の出会いが教えた、俳優としてのまったく新しい視点
ホークがスピーチの中で最初に感謝を捧げたのが、ジョー・ダンテ監督作『エクスプロラーズ』で共演したリバー・フェニックスだった。1985年に公開された同作は、SF映画に憧れる少年たちが自作の宇宙船で冒険に出る物語で、当時まだ十代だったふたりにとって、俳優としての原点とも言える作品である。
ホークは、撮影当時の忘れがたい記憶として、サンフランシスコ近郊のホテルでの出来事を振り返った。13歳だった彼が窓から外を眺めると、14歳のフェニックスが駐車場を行ったり来たりしていたという。不思議に思って声をかけると、フェニックスは「キャラクターの歩き方を練習してるんだ」と答えた。さらに彼は、ホークのためにいくつもの歩き方を実演してみせた。
その姿は、ホークにとって大きな衝撃だった。「それまで僕は、できるだけかっこよく歩く以外の歩き方なんて考えたこともなかった。それしか考えてなかったんだよね」。俳優とは、役に応じて身体や振る舞いそのものを作り変える存在なのだという認識は、このとき初めて芽生えたものだった。
このエピソードは、フェニックスがすでに若くして、役に深く向き合う姿勢を持っていたことを示すと同時に、ホーク自身の俳優人生の方向性を決定づける瞬間でもあった。彼にとってフェニックスは、同世代の仲間であると同時に、表現の可能性を教えてくれた最初の存在だったのである。
本と音楽、価値観を分かち合った時間―「彼は永遠に僕の一部だ」
ホークは続けて、俳優としての姿勢だけでなく、思春期の価値観そのものにおいても、ふたりが互いに強い影響を与え合っていたことを明かした。当時、フェニックスは本をほとんど読んだことがなかったという。一方のホークは、彼に『ライ麦畑でつかまえて』を手渡した。逆にホークはパンクロックに馴染みがなく、フェニックスからカセットテープをもらったと振り返っている。
影響は文化的なものにとどまらなかった。ホークは当時、菜食主義という考え方自体を知らなかったが、フェニックスは食肉処理場と、それが環境に与えている被害についてのドキュメンタリーを見せてくれたという。若き日のふたりは、作品の現場だけでなく、日常の中でも刺激を与え合いながら、自分たちの視野を広げていった。
フェニックスは1993年のハロウィンの夜、ロサンゼルスのヴァイパー・ルームで薬物の過剰摂取により23歳で亡くなった。しかしホークにとって、その存在は過去の記憶として完結するものではない。「彼は永遠に僕の一部だよ」。その短い言葉には、若き日に受け取った影響が、今も自身の内側で生き続けているという実感が込められていた。
ホークのキャリアを形作ってきたものは、個人の才能や努力だけではない。フェニックスとの出会いと別れは、彼にとって表現者として、そしてひとりの人間としての軸を作り上げた、かけがえのない時間だったのである。
映画と時代に向き合いながら、いま「守りたいもの」
リバー・フェニックスへの言及に続き、ホークはスピーチの中で、これまで自身のキャリアを支えてきた多くの人々への感謝を改めて述べた。マハーシャラ・アリ、ジョー・ダンテ、ピーター・ウィアー、「『いまを生きる』で一緒になった友人たち」をはじめ、フランク・マーシャル、キャスリーン・ケネディ、ローラ・リニー、ステッペンウルフ・シアター・カンパニー、サム・シェパード、トム・ストッパード、シドニー・ルメット、デンゼル・ワシントン、そして家族や、妻でありプロデューサーパートナーでもあるライアン・ホークの名を挙げ、ホークは自身がいかに多くの関係性の中で形作られてきたかを強調した。
その上で彼は、「ここにいる僕たち全員は、自分の時代と同じくらい優れている」と語り、「僕たちは互いを作り上げている」と続けた。人と人との関係性は切り離せるものではなく、「もし互いを傷つけたら、自分自身を傷つけることになる」という言葉には、分断が進む現代社会への静かな警鐘も感じられる。
授賞式では、映画館で作品を体験することの重要性がたびたび語られたが、ホークもまたその思いを共有した。「僕は映画を信じている」。そう前置きした上で、人間の創造性や表現が、社会全体の精神的な健康を映し出すものであると語り、会場に集まった映画人たちには「ベストを尽くし、自分たちが持っている力で善を行うという責務がある」と呼びかけた。
テクノロジーが急速に進歩し、価値観が揺れ動く時代にあっても、「僕たちは自分が恐れているほど脆くはない」とホークは言う。そして、これまでの芸術のキャリアを振り返りながら、「正直に言うと、僕はすごく楽しんできた。本当に楽しかったし、すごくワイルドなことがたくさんあった」と率直な思いを明かした。最後に彼が口にしたのは、「それが僕が守りたいものなんだ――ワイルドさを。ワイルドを守ろう」という言葉だった。
個人的な記憶から始まり、多くの出会いと時代への視線へと広がっていったホークのスピーチは、俳優人生の総括であると同時に、これからも表現を続けていく者としての静かな宣言でもあった。
