キーラ・ナイトレイが、過去に経験した過激なパパラッチ被害と、その中で自らを守るために取った行動を語った。
『パイレーツ・オブ・カリビアン』で名声を得たキーラ・ナイトレイが、人気絶頂期に経験したパパラッチ被害について語った。彼女は当時の状況を「おかしくなった」と振り返り、名声の裏で精神的に追い詰められていたことを明かしている。
名声の代償-「おかしくなった」と語る人気絶頂期
ロンドンのタイムズ紙のインタビューで、ナイトレイは『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズの成功によって一夜にして世界的スターとなった頃の混乱を語った。「おかしくなっちゃった」と彼女は率直に振り返る。当時、パパラッチは彼女の一挙手一投足を追い回し、あらゆる瞬間を金に変えようとしていたという。
「大抵は『売女』って叫んでたよ」とナイトレイは話す。「時々『尻軽女』とも。特に誰かと一緒にいる時――彼氏とか、兄弟とか、父親とか。彼らは反応を引き出そうとしてたの」。
さらに彼女は続ける。「人々を挑発して殴らせて、そうすれば訴えられるでしょ。それで事故が起き始めた時期でもあったわ――人を道路から押し出して、そうすれば事故った女優かなんかの写真でもっと大金を稼げるってわけ」。
ナイトレイは、その時期に自分が常に“仕掛けられる側”にいたと感じていた。「それでブリトニーが頭を丸めたから、『最高だ――こいつらをめちゃくちゃな行動に追い込めるぞ』みたいな感じだったの」とも語り、2000年代に若い女性スターたちが受けていた過酷な報道環境を示唆している。
抵抗とサバイバル-「毎日同じ服を着始めた」理由
追い詰められたナイトレイは、やがて“見えない戦略”で自分を守る術を身につけた。タブロイド誌にとって魅力のない存在になるために、彼女は意図的に毎日同じ服を着始めたという。
「同じジーンズを3本、ボーダーのTシャツ、ブーツ。他の服は全部あげちゃった」とナイトレイは明かす。カメラがどんなに彼女を追いかけても、毎日まったく同じ服装の写真では新鮮味がない。それは、報道の“商品価値”を奪う静かな抵抗だった。
さらに彼女は、尾行されていると感じたとき、あえて「立ち止まる」という行動に出た。「文字通りその場に立ち尽くすの。完全に静止して。ある日は5時間そこに立ってた」と語り、動かずにいることで、パパラッチの狙いを無力化したと振り返る。
「『あんたたちがまだそこにいるなら、私は行かない。動かないから』って……」その結果、「いつも同じ服を着て静止してる私の写真は、彼らにとって価値がなくなった。同じ服を着て静止してる私の写真と一緒に『おや、彼女は同じ服を着てる』って書ける回数には限度があるでしょ。退屈になるよね」と冷静に語った。
一見無力にも見える“静止”という行動は、メディアが作り上げた消費構造に対する、彼女なりの抵抗だった。
限界と逃避-「もうやめちまえよ」と支えた家族
過激な注目と恐怖の中で、ナイトレイはついに限界を迎えた。それまで耐え続けていた日々を終わらせるように、彼女は一度、演技の世界から離れる決断を下した。
「家族は私を支えてくれた。『もうやめちゃえよ』って言ってくれたの」とナイトレイは語る。その言葉に背中を押されるようにして、彼女はロンドンを離れた。そして列車に乗り、ヨーロッパ各地を旅する生活を始めたという。
「すごく上手だったよ」と彼女は笑う。「美術館、列車……誰もあなたがそこにいるなんて思わないでしょ。すごくみすぼらしくしてたから、それも予想外だったはず。アイコンタクトを避けて、ちょっと前かがみになるの。這うように移動してた」。
スターである自分を完全に消し去り、ただのひとりの旅人として過ごす日々。そこには、静けさの中でようやく取り戻した自由と、人としての再生があった。
「残酷な時代」-若い女性スターたちが受けた視線
名声の影で心をすり減らしていたのは、ナイトレイひとりではなかった。彼女が語るように、当時は若い女性スターたちが常にカメラと群衆の視線にさらされる“残酷な時代”だった。
ナイトレイは昨年のタイムズ紙の取材でも、「名声には大きな代償があった」と明かしている。「男たちにつきまとわれた」と語る彼女に対し、周囲からは「有名なんだから当然だ」と言われたという。その言葉が示すのは、2000年代に根付いていた有名人への冷たいまなざし、そして女性に対する偏見だった。
「公の場にいる若い女性にとって、残酷な時代だったよ」とナイトレイは振り返る。ブリトニー・スピアーズの出来事や、多くの若手女優たちの“崩壊”が話題になったあの時代。それは、個人の感情や苦しみさえも“見世物”に変えてしまうメディア環境の象徴だった。
現在、ナイトレイはNetflix映画『第10客室の女』に出演し、静かな強さをまとってスクリーンに戻っている。かつて「おかしくなった」と語った彼女の言葉は、いまもなお、名声の裏にある傷と、報道のあり方を問いかけ続けている。
