サンダンス&ベルリンで注目のA24×ローズ・バーンの新作映画『If I Had Legs I’d Kick You』(2025)を紹介&解説。
映画『If I Had Legs I’d Kick You』概要
映画『If I Had Legs I’d Kick You(原題)』は、心理的緊張とブラックユーモアを融合させたメアリー・ブロンスタイン監督によるダークコメディドラマ。病を抱える子どもの世話や不在の夫、仕事や人間関係の問題に追い詰められた女性が、次第に精神的な限界へと追い込まれていく姿を描く。主演はローズ・バーン、共演にコナン・オブライエン、ダニエル・マクドナルド、クリスチャン・スレイター、エイサップ・ロッキーら。
作品情報
日本版タイトル:未定
原題:If I Had Legs I’d Kick You
製作年:2025年
日本公開日:未定
ジャンル:ドラマ/ダークコメディ
製作国:アメリカ
原作:無
上映時間:113分
監督:メアリー・ブロンスタイン
脚本:メアリー・ブロンスタイン
製作:サラ・マーフィー/ライアン・ザカリアス/ロナルド・ブロンスタイン/ジョシュ・サフディ/イーライ・ブッシュ/コナー・ハノン/リッチー・ドイル
撮影:クリストファー・メッシーナ
編集:ルシアン・ジョンストン
出演:ローズ・バーン/コナン・オブライエン/ダニエル・マクドナルド/クリスチャン・スレイター/エイサップ・ロッキー
製作:A24/セントラル・ピクチャーズ/ファット・シティ/ブロンクスバーグ
配給:A24
あらすじ
現代のアメリカ。幼い子どもを育てる母親は、家庭と仕事の両立に追われ、不在がちな夫との関係にも悩んでいる。子どもの病気や生活上の問題が重なり、彼女の日常は次第に制御を失い、精神的にも追い詰められていく。やがて周囲との関係にもひずみが生じるなか、彼女は限界に近づきながら、自身の内面と向き合うことになる。
簡易解説(公開前時点)
「母親」という役割の重さに切り込む
本作の主人公は、心理療法士として働きながら、病気の娘を育てるリンダ。ある日、住んでいたアパートの天井が崩れ落ち、彼女と娘は急きょ海辺のモーテルに避難することに。夫は長期不在の船乗り。娘の体調は不安定で、リンダ自身も限界寸前。日常の中で徐々に精神がすり減っていく様子が、まるで息苦しいドキュメンタリーのように描かれていく。
監督を務めたのは、2008年の『Yeast』以来となるメアリー・ブロンスタイン。彼女は約1年間にわたり、実際に娘の闘病に付き添いながらホテルを転々としたという。脚本はその経験を元に執筆されたもので、「事実の再現ではないが、その“感情の地形”はすべて自分のもの」と語っている。
【動画】『If I Had Legs I’d Kick You』米予告編
キャストの熱演が作品世界を支える
物語の中心に立つのは、主演のローズ・バーン。これまでもコメディからサスペンスまで幅広いジャンルで実力を示してきた彼女だが、本作では一転、
疲弊しきった母親という“静かな地獄”を生きる女性像を、痛々しいほどリアルに演じ切っている。
ベルリン国際映画祭ではこの演技が高く評価され、バーンは主演女優賞(銀熊賞)を受賞。『Vanity Fair』は「ローズ・バーンのキャリア最高の演技」と絶賛し、
『The Guardian』は彼女の演技を「記念碑的な演技を見せた」と評している。
脇を固めるキャストにも注目だ。リンダのセラピスト役を務めたのは、人気トークショー司会者のコナン・オブライエン。型破りなキャスティングと思われるが、監督は「セラピーが機能しない様子そのものを描きたかった」と述べており、感情の乖離が浮き彫りになる対話は、むしろ“壊れたセラピー”として機能している。
さらに、モーテルの管理人役にはエイサップ・ロッキー(A$AP Rocky)が出演。俳優としては本格的な初挑戦だが、その自然体な存在感が、リンダとの関係性に予測不能な温度差をもたらしている。監督は「街で出会うようなリアルな人物として彼を描きたかった」と語っている。
意味深なタイトルと、揺らぐ現実
印象的なタイトル「If I Had Legs I’d Kick You(もし足があったらあなたを蹴ってやるのに)」は、闘病中の娘が実際に発した言葉に由来するそうだ。ブロンスタイン監督はこの言葉に、怒りと愛情、諧謔が同居する人間の複雑さを見出し、物語の中心に据えた。
リンダは、家族の崩壊、娘の看病、社会との断絶、仕事のストレス、あらゆる責任を一身に背負い続けている。だが、怒りや苛立ちを誰かにぶつけることすらできない。「蹴る足がない」という無力感が、タイトルには込められているのではないか。
映画は現実と幻想の境界が揺らぐような演出で、観客をリンダの内面へと深く引き込む。「天井から水が降る」「娘の声だけが聞こえる」「壁が歪む」といった描写が重なり、次第に観る者の感覚も麻痺していくという。この心理的な不安定さこそが、本作の最大の特徴であり、観客に“体験させる”作品として高く評価されている。
本作は、サンダンス映画祭でのプレミア上映を皮切りに、ベルリン国際映画祭などでも高い評価を獲得。北米では2025年10月10日に限定公開が予定されており、今後の映画祭や賞レースでもさらに注目を集めそうだ。
現時点で日本公開は未定だが、A24作品の人気やローズ・バーンの注目度を考えれば、いずれ国内での上映も期待できるはず。「If I Had Legs I’d Kick You」――この不思議で挑発的なタイトルに込められた想いが、日本の観客にも届く日を楽しみに待ちたい。
作品トリビア
本作は監督自身の実体験がベース
監督メアリー・ブロンスタインは、重い病気を抱えた娘の世話をしていた自身の経験から脚本を執筆。「事実ではないが“感情的には真実”」と語っており、母親の極限状態はかなり個人的な体験に根ざしている。
超低予算ゆえの異例の制作判断
撮影はわずか27日間 、監督は追加撮影のため自ら報酬を放棄、一部の幻想的演出は監督と撮影監督のみで後処理したなど、かなり極限的な制作環境で作られている。
子どもの顔をほぼ映さない演出
娘の顔や存在をあえて限定的に見せることで、物語を“母親の主観”に強く寄せる設計になっている。心理描写を優先した演出意図。
ライター/エディター/映画インスタグラマー。2019年に早稲田大学法学部を卒業。東京都職員として国際業務等を経験後、ライター業に転身。各種SNS(Instagram・X)やYouTubeチャンネル「cula 見て聞く映画マガジン(旧:アルテミシネマ)」においても映画や海外ドラマ、音楽といったカルチャーに関する情報レビューを発信している。
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