【映画レビュー『長崎-閃光の影で-』】“被爆”の裏にあるもうひとつの戦争―女性の目線が見つめた真実

『長崎ー閃光の影で-』より ©2025「長崎 閃光の影で」製作委員会 REVIEWS
『長崎ー閃光の影で-』より ©2025「長崎 閃光の影で」製作委員会

8月1日(金)に日本公開となった『長崎-閃光の影で-』は、1945年8月9日の長崎原爆投下を背景に、3人の看護学生の視点から戦時下の女性たちの生きざまを描いた意欲作である。これまで数多くの戦争映画が制作されてきたが、本作のように当時の女性たちの等身大の姿に真正面から向き合った作品は珍しい。歴史の重い扉を開き、忘れてはならない記憶を現代に蘇らせる一作として注目したい。

『長崎-閃光の影で-』あらすじ

1945年、長崎。看護学生の田中スミ、大野アツ子、岩永ミサヲの3人は、空襲による休校を機に帰郷し、家族や友人との平穏な時間を過ごしていた。しかし、8月9日午前11時2分、原子爆弾が投下され、その日常は一瞬にして崩れ去る。街は廃墟と化し、彼女たちは未熟ながらも看護学生として負傷者の救護に奔走する。救える命よりも多くの命を葬らなければならないという非情な現実の中で、彼女たちは命の尊さ、そして生きる意味を問い続ける――

等身大の女性たちが語る“もうひとつの戦争”

『長崎ー閃光の影で-』より ©2025「長崎 閃光の影で」製作委員会

『長崎ー閃光の影で-』より ©2025「長崎 閃光の影で」製作委員会

1945年8月9日の長崎への原爆投下、そしてその瞬間から始まる地獄絵図と続く苦痛――これらは日本人であれば誰もが知る歴史的事実である。しかし、これまでの戦争映画の多くは、その悲劇や混乱、愛する人を失った者たちの哀しみを描くことに重点を置いてきた。一方で、当時の女性たちの視点、特に彼女たちが置かれた社会的立場や果たした役割に真正面から向き合った作品はそう多くはない。

本作はそうした空白を埋める意欲作として注目に値する。看護学生として従事した女性たちを物語の中心に据え、あの時代を生きた若い女性たちのリアルな姿を捉えようとする試みは実に貴重だ。歴史の大きな流れの中で見過ごされがちな個人の体験に光を当て、彼女たちの等身大の人間性を浮き彫りにしていく。

奪われゆく感情と希望―戦争の無力化する人間性

戦時下という極限状況にあっても、否、むしろそうした困窮の中だからこそ、人々の感情は研ぎ澄まされていた。激しい情熱、燃えるような怒り、そして束の間の恋愛感情――すべてが生々しく脈動していたのである。しかし、そうした人間らしい感情も、戦争という巨大な暴力の前では無力だった。爆弾の前では意味を失い、国家システムによって踏みにじられていく。彼女たちの心からの願いや、生命力あふれるエネルギーが次々と否定される様を目の当たりにするとき、観る者は深いやるせなさと虚無感に襲われる。

『長崎ー閃光の影で-』より ©2025「長崎 閃光の影で」製作委員会

『長崎ー閃光の影で-』より ©2025「長崎 閃光の影で」製作委員会

差別と迫害の連鎖―人間が人間を追い詰める構造

さらに本作が容赦なく描き出すのは、戦争が生み出す差別と迫害の連鎖構造だ。国家から使い捨ての駒として扱われた兵士たちが、今度は女性を同じように蔑ろにし、その女性たちもまた朝鮮人や部下といった他者に対して高圧的・差別的な態度を取る。心の余裕を奪われた人間社会の醜悪な側面が、これでもかと突きつけられる。特に失明した女性への男性兵士の非人道的な振る舞いは、観る者の怒りを掻き立てずにはいられない場面として強烈な印象を残す。

『長崎ー閃光の影で-』より ©2025「長崎 閃光の影で」製作委員会

『長崎ー閃光の影で-』より ©2025「長崎 閃光の影で」製作委員会

“慎ましき女性像”の裏にある、沈黙と献身の記憶

現代社会では、インターネット上で多様な価値観が飛び交い、人種や国籍を超えた対立はもちろん、同じ日本人同士での男女間の軋轢をも日常的に可視化されている。そうした状況の中で語られる「古き時代の女性像」といえば、専業主婦として家庭を支える姿が時に美化されがちだ。男性が外で働き、女性が家事育児を担うという役割分担の図式が、しばしば単純化して描かれる。

しかし本作を観ると、当時の女性たちが背負っていたものは「家のことをやる」という単純な枠組みをはるかに超えていたことが痛感される。そこにあったのは、想像を絶する忍耐と服従の日々だった。理不尽な扱いを受けても声を上げることは許されず、すべてを内に抱え込みながら、ひたすら他者のために尽くし続ける。そうした女性たちの犠牲と献身の上に、私たちの今がある。

『長崎ー閃光の影で-』より ©2025「長崎 閃光の影で」製作委員会

『長崎ー閃光の影で-』より ©2025「長崎 閃光の影で」製作委員会

3人の若手女優が体現する、希望と尊厳の物語

もちろん、こうした重厚なテーマを支えているのは、3人の主演女優たちの卓越した演技力に他ならない。菊池日菜子、小野花梨、川床明日香――この3人が演じる看護学生たちは、悲劇的な状況下にありながらも、決して一面的な被害者として描かれることはない。戦時中という極限状態においても、彼女たちは豊かな感情表現を見せ、時には笑い、時には怒り、そして深い悲しみを抱えながらも前に進もうとする意志の強さを体現している。

3人の演技は自然体でありながら説得力に満ち、観る者に彼女たちの人間性を深く印象づける。特に、絶望的な現実と向き合いながらも生きること、他人を想うことを諦めない姿勢を、リアリティを持って表現した彼女たちの力量は見事というほかない。本作の成功は、間違いなく彼女たちの真摯な演技によって支えられている。今後の3人の俳優としての歩みにも大いに期待を抱かせる、印象深い作品となった。


8月1日(金)に日本公開となった『長崎-閃光の影で-』は、戦争の悲惨さを描くにとどまらず、そこに生きた女性たちの人間性と尊厳を浮き彫りにした貴重な作品である。過去の出来事を単なる歴史として消費するのではなく、現代を生きる私たちへの問いかけとして受け取るべき映画だろう。重いテーマを扱いながらも、3人の主演女優の力強い演技によって希望の光を見出すことのできる、心に残る一作となっている。

cula をもっと見る

今すぐ購読し、続きを読んで、すべてのアーカイブにアクセスしましょう。

続きを読む