【映画レビュー『サスカッチ・サンセット』】大自然にあふれるシュールとロマン、その中にある普遍的なドラマと残酷な現実

『サスカッチ・サンセット』© 2023 Cos Mor IV, LLC. All rights reserved REVIEWS
『サスカッチ・サンセット』© 2023 Cos Mor IV, LLC. All rights reserved

5月23日(金)に日本公開となった『サスカッチ・サンセット』は、映画史上類を見ない異色作である。『ヘレディタリー 継承』『ミッドサマー』のアリ・アスター製作のもと、ジェシー・アイゼンバーグライリー・キーオという実力派俳優たちがサスカッチに扮し、セリフを一切発することなく大自然の中を旅する姿を描いた本作。一見すると奇想天外な設定に戸惑うかもしれないが、その向こう側には深いロマンと哲学的な問いかけが潜んでいる。

奇才アリ・アスター製作で仕掛けるシュールな実験

『サスカッチ・サンセット』© 2023 Cos Mor IV, LLC. All rights reserved

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森や草原といった雄大な自然を舞台に、4頭のサスカッチ一家―アルファオス、オス、メス、そしてメスの子供であるジュニア―の旅路を描いた本作。なかでもメインの2頭となるオスとメスを演じるのは、俳優としてだけでなく監督としても頭角を現してきたジェシー・アイゼンバーグと、数々の印象的なヒロイン役で観客を魅了してきたライリー・キーオである。

彼らに「スター・ウォーズ」のチューバッカを彷彿とさせるサスカッチの着ぐるみを着せ、野性味あふれる演技を要求するという発想からして既に常軌を逸しており、奇才アリ・アスター製作ならではの大胆不敵な試みだと言えるだろう。しかも序盤から、セリフを一切交わすことなく毛繕いや交尾といった動物本来の営みに徹する彼らの姿は、シュールの極致とも呼べる光景を作り出している。

『サスカッチ・サンセット』© 2023 Cos Mor IV, LLC. All rights reserved

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だが不思議なことに、アニマルドキュメンタリーのような映像で彼らの生態を丹念に追い続けるうちに、観る者の心境は変化していく。仲間や他の知的生物の存在を求めているかのような彼らの孤独な旅路には、どこか哀愁が漂っており、いつしか応援したくなってしまうのだ。人間らしい感情の機微を垣間見せる一方で、動物特有の不器用さも併せ持つ彼らに、気がつけば深い愛着を覚えている自分がいる。結果として観客は、毛むくじゃらの未確認生物たちの物語に、紛れもない「ヒューマンドラマ」を発見することになるのである。

未確認生物への果てしないロマン

しかし本作の真価は、サスカッチという伝説の未確認生物(UMA)に寄せる監督・製作陣のロマンと想像力、そしてそれを映像として結実させた情熱にある。広大な自然の奥深くに、もしかするとこのような存在が潜んでいるのではないかという想像。ニーチェの「深淵をのぞく時深淵もまたこちらをのぞいているのだ」ではないが、我々がサスカッチやビッグフット、雪男といった存在に思いを馳せている間、彼らもまた我々とは異なる文明の痕跡に好奇心を抱き、楽しんでいるのかもしれない。それでいて互いになかなか出会うことがない―そんな壮大な想像の翼を広げてくれるちょっぴりビターな本作のロマンには、心底驚かされる。

『サスカッチ・サンセット』© 2023 Cos Mor IV, LLC. All rights reserved

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存在するのかしないのか定かではない彼らだが、この映画を観ていると確かにどこかにいるような気持ちにさせられる。だからこそ彼らの野生に満ちた旅路に降りかかる残酷な出来事も、単なる幻想の産物としては片付けられない重みを持つ。現実的で時に非情な体験を重ねるからこそ、彼らの存在に真実味が宿るのである。

演技の域を超えた芸術的変身術

そして彼らを本物たらしめているのは、何よりも徹底的に作り込まれた仕草や鳴き声の数々である。アイゼンバーグもキーオも、そして他の2名の出演者も、一挙手一投足に至るまでサスカッチそのものになりきっている。人間社会の常識や価値観に縛られることのない、純粋で自由な野生の魂を見事に体現してみせるのだ。これほどまでに役に没入した演技は、もはや演技の域を超えて一種の芸術的な変身術と呼んでも過言ではないだろう。その完成度の高さには、ただただ感嘆するほかない。

『サスカッチ・サンセット』© 2023 Cos Mor IV, LLC. All rights reserved

『サスカッチ・サンセット』© 2023 Cos Mor IV, LLC. All rights reserved

5月23日(金)に日本公開となった『サスカッチ・サンセット』は、映画という表現媒体の可能性を大きく押し広げた作品と言えるだろう。未確認生物への憧憬と畏敬、そして人間存在への根源的な問いを、これほどまでに独創的な手法で描き切った映画は他に例がない。シュールでありながら深く心に残る、まさに唯一無二の映画体験がここにある。アリ・アスター製作のもと、デヴィッド・ゼルナー監督という才能が切り開いた新たな映画の地平に、ぜひ足を踏み入れてほしい。

作品情報

<STORY>
北米の霧深い森に生きる4頭のサスカッチ。彼らは寝床をつくり、食料を探し、交尾をするといういつもの営みを繰り返しながら、どこかにいると信じる仲間探しの旅を続けている。そして、絶えず変化する世界に直面しながら、生き残りをかけて必死に戦うことになる。果たして彼らが辿る運命とはー

タイトル:サスカッチ・サンセット
原題:Sasquatch Sunset
監督:デヴィッド・ゼルナー&ネイサン・ゼルナー
製作総指揮:アリ・アスター
出演:ジェシー・アイゼンバーグ、ライリー・キーオ、ネイサン・ゼルナー
日本公開:2025年5月23日
2024年|アメリカ|88分|シネスコ|5.1ch|提供:ニューセレクト
© 2023 Cos Mor IV, LLC. All rights reserved
配給:アルバトロス・フィルム

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