【映画レビュー『バッドランズ』】テレンス・マリック初監督作、青春と人生の危うく甘美な輝きを映し出す傑作ロードムービー

『バッドランズ』 ©2025 WBEI REVIEWS
『バッドランズ』 ©2025 WBEI

実在の殺人鬼をモチーフにしながらも、アメリカの荒野を舞台に繰り広げられる若い男女の逃避行を詩的な映像美で紡ぎだしたテレンス・マリック監督作『バッドランズ』が、3月7日(金)、日本の劇場に蘇った。

『バッドランズ』予告編

『バッドランズ』あらすじ

1959年、サウスダコタ州の小さな町。15才のホリー(シシー・スペイセク)は、学校ではあまり目立たないが、バトントワリングが得意な女の子。ある日、ゴミ収集作業員の青年キット(マーティン・シーン)と出会い恋に落ちるが、交際を許さないホリーの父(ウォーレン・オーツ)をキットが射殺した日から、ふたりの逃避行が始まった。

ある時はツリーハウスで気ままに暮らし、またある時は大邸宅に押し入り、魔法の杖のように銃を振るっては次々と人を殺していくキットの姿を、ホリーはただ見つめていた…。

「地獄」ではなく「解放」としての逃避行

マリック監督の傑作『Badlands(原題)』が、かつての邦題『地獄の逃避行』から本来の題名『バッドランズ』として蘇ったことは、映画ファンとして心から歓迎したい。「地獄」という言葉が与える印象とは裏腹に、この作品が描く二人の危うい旅路には、どこか甘美で解放的な魅力が漂っている。短い逃避行の中に人生の輝きと生命の躍動を感じさせるこの物語を、果たして「地獄」と呼ぶべきだろうか。観客それぞれの受け取り方に委ねられた問いかけこそ、本作の奥深さを物語っている。​​​​​​​​​​​​​​​​

若きシーンとスペイセクが体現する危うい魅力

主人公キットを演じるマーティン・シーンの存在感は、この作品の核心そのものだ。まさに「ナイフのようにとがった」その眼光と危うさを湛えた生き方は、スクリーンを通して良くも悪くも観客を強烈に惹きつける。彼によって簡単に命を奪われる人々からすればたまったものではないが、シーンの演じるキットはまさに「人生に非日常をもたらす存在」として映画史に刻まれている。その突きつけるような鋭さと危険な魅力が、観る者の心を掴んで離さない。​​​​​​​​​​​​​​​​

『バッドランズ』 ©2025 WBEI

『バッドランズ』 ©2025 WBEI

対照的に、ヒロインのホリーを演じるシシー・スペイセクの存在は静かな衝撃をもたらす。後に『キャリー』で鮮烈な印象を残すことになる彼女だが、本作ではその唯一無二のビジュアルと、ストレートに感情を読み取れない独特の表情が、世間知らずな妖精のような少女ホリー像を完璧に体現している。スペイセクの表面上は淡々とした演技の下に流れる複雑な感情の機微は、彼女自身のモノローグによって繊細に補完され、観る者の想像力を掻き立てる。その朗読調の語りが、物語に詩的な深みを与えているのだ。​​​​​​​​​​​​​​​​

人生の幸福は、時間の長さではない

「長い孤独より、愛する人との1週間を選ぶ」というホリーのモノローグは、本作の哲学的核心を突いている。彼女は口には出さないものの、心の中で人生の「もしも」を静かに想像する——安全で安心、しかし何も変わり映えない檻の中の生活。そこに真の喜びがあるだろうか。マリックは、むしろ刺激と喜びに満ちた短い時間にこそ、生の本質があるのではないかという挑発的な問いかけを観客に投げかける。

個人的にも「精進料理で生きる90年より好きなもの飲み食いして終わる50年」という考えで暮らしている私には、この作品の根底にある価値観が強く響く(もちろん、人命を奪ってまで進む道が正しいとは思わないが)。

『バッドランズ』 ©2025 WBEI

『バッドランズ』 ©2025 WBEI

安全と冒険、道徳と欲望、社会の枠組みと個人の自由——私たちが日常で直面するこれらの二項対立を、マリックは荒涼としたバッドランズの逃避行に投影し、その美しさと残酷さを同時に映し出すことに成功している。​

テレンス・マリックの視覚美は、本作の魅力を語る上で欠かせない要素だ。自然豊かな森や広大な平原、そして細部まで行き届いた家の内装に至るまで、すべてのショットが絵画のように美しく撮影されている。映像の一つ一つが物語に深みを与え、ジョージ・ティプトンの印象的な音楽と相まって、どこか幻想的な御伽話のような雰囲気を醸し出す。しかしそれは同時に、残酷でバイオレンスな現実が交錯する、唯一無二のロードムービーでもある。

今回の日本での劇場上映は、この不朽の名作を大スクリーンで体験できる貴重な機会だ。1970年代初頭のアメリカン・ニューシネマを代表するこの傑作『バッドランズ』を、ぜひ劇場の大きなスクリーンで体感していただきたい。​​​​​​​​​​​​​​​​

作品情報

タイトル:『バッドランズ』
原題:BADLANDS
監督:テレンス・マリック
脚本・製作:テレンス・マリック
出演:マーティン・シーン、シシー・スペイセク、ウォーレン・オーツ、ラモン・ビエリ
製作総指揮:エドワード・R・プレスマン
撮影:ブライアン・プロビン、タク・フジモト、ステヴァン・ラーナー
美術監督:ジャック・フィスク
音楽作曲・指揮:ジョージ・ティプトン
日本公開:2025年3月7日(金)より新宿ピカデリーほか全国順次公開
1973年|アメリカ|カラー|1.85:1ヴィスタサイズ|5.1ch|DCP|94分
©2025 WBEI
配給:コピアポア・フィルム
提供:キングレコード
公式サイト:badlands2025.com
X:@badlands_jp

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