【映画レビュー『ユニバーサル・ランゲージ』】文化と言語の交差点に見つける共鳴―分断を越えて描かれる優しき異色のコメディ

『ユニバーサル・ランゲージ』© 2024 METAFILMS REVIEWS
『ユニバーサル・ランゲージ』© 2024 METAFILMS

8月29日(金)日本公開作『ユニバーサル・ランゲージ』をレビュー。


現実と幻想の境界線が曖昧になる”もしもの世界”で繰り広げられる奇想天外な物語――。マシュー・ランキン監督による『ユニバーサル・ランゲージ』は、カナダとイランの文化的要素を巧妙に融合させた、これまでにない映画体験を提供する異色の不条理コメディだ。テヘランとウィニペグという地理的にも文化的にも遠く離れた都市の”あいだ”に存在するような乖離した空間を舞台に、複数の登場人物たちの人生が交錯していく。

2025年米アカデミー賞国際長編映画賞のカナダ代表作品に選出され、その後ショートリスト15本に残るという快挙を成し遂げた本作は、8月29日の公開を迎えた今、国内外から大きな注目を集めている。

作品概要:現実を超越した”もしもの世界”で描かれる人間模様

『ユニバーサル・ランゲージ』は、ペルシャ語とフランス語が公用語となったパラレルワールドのカナダ・ウィニペグを舞台とした89分の長編作品だ。監督・脚本を手がけたマシュー・ランキンが、ピローズ・ネマティ、イラ・フィルザバディと共同で紡ぎ出したストーリーは、一見すると荒唐無稽でありながら、深層には普遍的な人間性への洞察が込められている。

『ユニバーサル・ランゲージ』© 2024 METAFILMS

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物語の中心となるのは、同級生のオミッドのために奮闘する姉妹、ネギンとナズゴルだ。七面鳥にメガネを奪われたというオミッドの窮地を救うべく、凍った湖に眠る大金を取り出そうと試みる姉妹の冒険が、作品全体を貫く主要なプロットラインとなる。しかし、彼女たちの純粋な善意に満ちた行動は、街の風変わりな住民たちとの出会いによって予想もしない方向へと発展していく。

さらに、廃墟を観光スポットとして紹介する奇妙なツアーガイド・マスードや、仕事に嫌気が差して自暴自棄になったマシューといった個性的なキャラクターたちが物語に絡み合うことで、単純な善行の物語は複層的で予測不可能な展開を見せていく。ランキン監督は、これらの一見無関係に思える人物譚を巧みに織り交ぜながら、現代社会における孤独感や疎外感、そして人と人とのつながりの大切さを浮き彫りにしていく。

ぬくもりとシュールさを兼ね備えた独創的な空気感

『ユニバーサル・ランゲージ』が放つ最大の魅力は、驚くほど独創的でありながら深いぬくもりを併せ持つその独特な空気感にある。ランキン監督は、アッバス・キアロスタミをはじめとするイラン映画へのオマージュを織り込みながら、雪深いカナダの風景にウェス・アンダーソン的な美学を融合させた、他に類を見ないビジュアル言語を構築している。

『ユニバーサル・ランゲージ』© 2024 METAFILMS

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この作品の真骨頂は、クロスカルチャーな世界構築によって生み出される愉快な不条理が、観客の期待を巧妙に裏切りながら深い意味を結んでいく点にある。言語・場所・主体のズレが生み出す可笑しみは単なるギャグではなく、現代社会における文化的アイデンティティの曖昧さを体感させる仕掛けとして機能している。人間味溢れる細部の描写には優しさが宿り、一見バラバラに見える日常の断片が、実は深い人間性への洞察に満ちていることを静かに物語っている。

特筆すべきは、空間・時間・個人のアイデンティティがクロスフェードしていく巧妙な構造設計だ。複数のエピソードが互いに反響し合い、鏡像のように響き合わせる演出によって、観客は単一の物語を追うのではなく、重層的に絡み合う人間関係の網目を俯瞰的に体験することになる。この手法により、作品は単なる不条理コメディを超えて、現代人が抱える孤独感や疎外感をも温かな視点で包み込む、稀有な映画体験を創出している。

ゆるやかに連関する三章構成の妙

『ユニバーサル・ランゲージ』の構造的秀逸さは、一見独立した三つの物語線が有機的に結合していく巧妙な脚本設計にある。導入部で確立される小学生ネギン(ロジーナ・エスマエイリ)とナズゴル(サバ・ヴェヘディウセフィ)姉妹の氷に閉じ込められた紙幣発見譚、マスード(ピローズ・ネマティ)による風変わりなウィニペグ観光案内、そして監督自身が演じるマシューの帰郷の旅という三本の糸は、それぞれ異なるトーンと視点を持ちながら、最終的に深い共鳴を生み出していく。

『ユニバーサル・ランゲージ』© 2024 METAFILMS

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子どもたちのエピソードは、同級生オミッド(ソバン・ジャヴァディ)への眼鏡購入支援という純粋な動機を通じて、子どもならではの現実主義と友情の美しさを描き出す。一方、寡黙なツアーガイド・マスードの案内ツアーは、日常に潜む見逃されがちな風景や記憶を浮かび上がらせる詩的な装置として機能している。そして政府職を辞して病気の母に会いに帰郷するマシューの物語は、アイデンティティの揺らぎと故郷との距離感を内省的に探求する。

文化混交の架空環境に置かれた登場人物たちは皆、故郷と他者、記憶と現在のあいだで揺れ動く存在として描かれ、孤独と他者とのつながりを探る物語として結実している。この三章構成は、異なる世代と立場の人物を通じて、現代における文化的アイデンティティの複雑さを多面的に照射する見事な仕掛けとなっている。

監督が訴えかける、普遍的連帯と境界の否定

『ユニバーサル・ランゲージ』の根底に流れるのは、ランキン監督が明確に掲げる「境界を設けない普遍的連帯」への強い意志である。監督は「あそこ(there)はここ(here)でもあり、あなたの周囲の誰もが”あなた”でもあるという発想」を本作の根底にあるアイデアとして語っている。その姿勢は、世界を二分法で分断する現代の風潮への明確な批判として機能している。他者の中に自分を見いだすという視点こそが、この映画の思想的核心といえよう。

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この理念を具現化するため、監督はテヘランとウィニペグの”中間地帯”という第三の場所を創造している。言語・地理・アイデンティティがクロスフェードするこの並行地理は、既存の国民国家や言語ヒエラルキーを根底から相対化する試みでもある。ペルシャ語が主要言語となったウィニペグという設定は単なる奇抜さではなく、移民文化とカナダ的日常の重層化を可視化し、ディアスポラ(民族離散)的イマジネーションを都市像として結実させた結果だ。

作品全体を貫くのは、他者への責任・家と孤独をめぐる感情の探求であり、異文化混交を普遍の物語へと昇華させる連帯・思いやり・二度目のチャンスといったテーマが一貫して強調されている。監督はイラン映画のメタ・リアリズムや真正性への懐疑を参照しながら、映画と言語の作為を自覚したヒューマニズムを構築。見かけ上の差異を越える想像力を価値として打ち出している。

『ユニバーサル・ランゲージ』© 2024 METAFILMS

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特筆すべきは、この崇高な意図が単なる理念に留まらず、16mmフィルム撮影による粒子感豊かなビジュアル、ペルシャ語の採用、キアロスタミ的ヒューマニズムの継承といった総合演出によって一貫して具現されている点だ。監督の高い作家性と文化融合の詩情こそが、本作を国際的に強く支持される稀有な作品へと押し上げている。


8月29日(金)の日本公開を機に、この稀有な作品体験に触れることで、私たちもまた「あそこはここでもあり、誰もがあなたでもある」という監督の提示する新たな世界認識の扉を開くことができるはずだ。『ユニバーサル・ランゲージ』は、分断が叫ばれる現代において、映画が示しうる希望の形を鮮やかに描き出した、記憶に残るあたたかな一作である。

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