映画『地獄が来たとしても』(2026)を紹介&解説。
映画『地獄が来たとしても』概要
映画『地獄が来たとしても』は、サムエレ・ロッシ監督(『Glassboy』)が、第二次世界大戦末期のイタリアでナチス・ドイツとファシスト勢力に抵抗したパルチザンの戦いを描く戦争ドラマ。1944年、北イタリアのアルプス地方を舞台に、仲間を失い、雪山の避難小屋に取り残された20歳の若い兵士ジオが、厳しい冬を生き延びようとする姿を描く。歴史的事実に着想を得た作品で、2026年のヴェネツィア国際映画祭ヴェニス・デイズ特別上映作品に選出され、第39回東京国際映画祭コンペティション部門にも出品された。主演はルカ・タンガネッリ、共演にジョルジョ・コランジェリ、ルカ・ヴェルゴーニ、ジュージ・メルリ、イヴァン・フラネクら。
作品情報
| 日本版タイトル | 『地獄が来たとしても』 |
|---|---|
| 原題 | Se venisse anche l’inferno(英題:Even If Hell Came) |
| 製作年 | 2026年 |
| 本国公開日 | イタリア一般劇場公開日未確認(2026年9月9日、ヴェニス・デイズで上映) |
| 日本公開日 | 一般劇場公開未定(2026年10月28日、東京国際映画祭で初上映予定) |
| ジャンル | 戦争/ドラマ |
| 製作国 | イタリア |
| 原作 | 無(第二次世界大戦中の史実に着想) |
| 上映時間 | 96分 |
| 監督 | サムエレ・ロッシ |
|---|---|
| 脚本 | サムエレ・ロッシ/ロレンツォ・バニャトーリ |
| 製作 | ジュゼッペ・カッサーロ/サムエレ・ロッシ/エマヌエーレ・ネスペカ/ジャンルカ・グッツォ |
| 撮影 | マルコ・ミンギ |
| 編集 | イラリア・チンミーノ |
| 作曲 | ジュゼッペ・カッサーロ |
| 出演 | ルカ・タンガネッリ/ジョルジョ・コランジェリ/ルカ・ヴェルゴーニ/ジュージ・メルリ/イヴァン・フラネク/ステファノ・ベロッティ/アリーチェ・ヴィエリン/ジャーダ・ベッソーネ |
| 製作 | Echivisivi/Solaria Film/Mo-Net |
| 配給 | K+ International Sales(海外セールス)/日本配給未定(26年9月時点) |
あらすじ
第二次世界大戦末期の1944年、北イタリア。ナチス・ドイツ軍とファシスト勢力による支配が続くなか、アルプス地方では抵抗運動に参加するパルチザンたちが戦いを続けていた。
20歳の若きパルチザン兵士ジオは、敵軍による激しい掃討作戦に遭遇し、所属する部隊の仲間たちを失ってしまう。雪深い山岳地帯でただひとり生き残った彼に与えられた命令は、連合軍が攻勢を再開する春まで、山中の避難小屋を守り抜くことだった。
しかし、ジオを待ち受けていたのは、容赦のない寒さと飢え、そして敵軍に発見されるかもしれないという恐怖だった。
そんな孤独な日々のなか、ジオはナチスの強制収容所から逃げてきた人物や、戦地に向かった孫の帰還を待ち続ける老女、山麓の村との連絡役を務める農夫らと出会う。戦争によって人生を翻弄された人々との交流を通じ、ジオは生き延びることの意味に向き合っていく。
主な登場人物(キャスト)
ジオ(ルカ・タンガネッリ):20歳のパルチザン兵士。ナチスとファシスト勢力による掃討作戦で仲間を失い、アルプスの山中に取り残される。春の到来まで避難小屋を守る命令を受け、極寒の環境で生き延びようとする。
アゴスティーノ(ジョルジョ・コランジェリ):将校として登場する人物。
アデリーナ(ジュージ・メルリ)
ジリー(イヴァン・フラネク)
アデルモ(ステファノ・ベロッティ)
カーテ(アリーチェ・ヴィエリン)
作品の魅力解説
英雄ではなく、生き延びようとするひとりの若者を描く戦争映画
本作の中心にあるのは、ナチスとファシスト勢力に抵抗したパルチザンの英雄的な活躍ではなく、過酷な環境のなかで生き延びようとする若い兵士の姿だ。
主人公のジオは、仲間を失ってひとり取り残され、雪と飢えに苦しみながら山中での生活を続ける。戦争の大局を変えるような華々しい作戦ではなく、春まで生き残るという切実な目標が物語の軸となっている。
監督のサムエレ・ロッシは、本作を単なる歴史の再現ではなく、現代にも通じる人間性と抵抗の物語として構想したと語っている。極限状態でも人間らしさを失わないことが、作品の重要なテーマとなっている。
アルプスの厳しい自然を利用した、戦争のもうひとつの恐怖
本作では、敵軍との戦いだけでなく、冬の自然環境そのものが主人公を追い詰める存在として描かれる。
撮影はイタリア北部のヴァッレ・ダオスタ州に加え、エミリア=ロマーニャ州やトスカーナ州の山岳・森林地帯でも実施された。標高の高い山小屋や雪深い森などのロケーションが、孤独な兵士を取り巻く厳しい世界を形づくる。
寒さや飢え、孤立による恐怖を強調することで、戦争の悲惨さを戦闘場面だけに頼らず表現している点が特徴だ。
戦争に翻弄された人々との交流から浮かび上がる人間性
ジオが山中で出会うのは、戦争によってそれぞれの生活を奪われた人々だ。強制収容所から逃れた人物、家族の帰還を待つ老女、村との連絡役を担う農夫など、わずかな交流が主人公の孤独な生活に変化をもたらす。
彼らは大きな歴史のなかでは名もなき存在だが、それぞれに守りたい生活や人間関係を抱えている。
戦争を国家や軍隊の対立として捉えるのではなく、その渦中で生きる個人の経験として描くことで、日常を守ることや誰かとのつながりを保つことの意味を問いかける作品となっている。
イタリアのレジスタンスを現代に問い直す歴史ドラマ
監督のサムエレ・ロッシは、エンリコ・ベルリングエルを扱ったドキュメンタリー『Prima della fine』など、イタリアの歴史や社会に関わる作品を手がけてきた。
本作では、第二次世界大戦中のパルチザンの抵抗運動を題材としながら、戦争や危機が続く現代社会にも目を向けている。
過去の抵抗運動を美化するのではなく、その当事者たちがどのような恐怖や犠牲に直面したのかを描くことによって、抵抗するとは何か、生き続けるとは何かという普遍的な問いを浮かび上がらせている。
