『空はどこにでも』とはどんな映画?あらすじ・キャスト・魅力・レビューまとめ

映画『空はどこにでも』(2022)を紹介&解説。


映画『空はどこにでも』概要

映画『空はどこにでも』は、ジャンディ・ネルソンの同名青春小説を、ジョセフィン・デッカー監督(『マデリンのマデリン』『シャーリイ』)が映画化した青春ドラマ。突然亡くなった姉を忘れたくない一心で悲しみにしがみつく17歳の少女が、音楽や新たな恋、遺された家族との関係を通して喪失と向き合っていく。主演はグレイス・カウフマン。A24とApple Original Filmsが手掛け、Apple TV+で配信された。

作品情報

日本版タイトル 『空はどこにでも』
原題 The Sky Is Everywhere
製作年 2022年
本国公開日 2022年2月11日(劇場限定公開/Apple TV+配信開始)
日本公開日 2022年2月11日(Apple TV+配信開始)
ジャンル 青春/ドラマ/恋愛
製作国 アメリカ
原作 ジャンディ・ネルソン『The Sky Is Everywhere』(小説)
上映時間 103分
監督 ジョセフィン・デッカー
脚本 ジャンディ・ネルソン
製作 デニース・ディ・ノヴィ/マーガレット・フレンチ・アイザック/ジョセフィン・デッカー/アリソン・ローズ・カーター
製作総指揮 ジャンディ・ネルソン/ジョシュ・バーチョフ
撮影 エイヴァ・バーコフスキー
編集 ローラ・ゼンペル
作曲 キャロライン・ショウ
出演 グレイス・カウフマン/ピコ・アレクサンダー/ジャック・コリモン/チェリー・ジョーンズ/ジェイソン・シーゲル/ハバナ・ローズ・リウ
製作 A24/ディ・ノヴィ・ピクチャーズ/アリス・ザ・フー
配給 Apple Original Films(米国)/Apple TV+(配信)

あらすじ

北カリフォルニアで暮らす17歳のレニー・ウォーカーは、音楽の才能に恵まれたクラリネット奏者だった。しかし、明るく社交的な姉ベイリーが心臓の不整脈によって突然亡くなり、音楽を奏でることさえできないほどの悲しみに沈んでしまう。

学校に戻ったレニーは、音楽を愛する転校生ジョーと出会い、次第に惹かれていく。一方、ベイリーの恋人だったトビーとは、同じ喪失を抱える者同士として危うい親密さを深めていた。過去に結びついたトビーと、新しい人生へ導こうとするジョーの間で揺れながら、レニーは姉のいない世界を生きる方法を探していく。

主な登場人物(キャスト)

レニー・ウォーカー(グレイス・カウフマン):音楽の才能を持つ17歳の高校生。姉ベイリーの突然の死によって深い喪失感を抱え、クラリネットを演奏することも難しくなる。姉との記憶や自身の感情を、詩や短い文章にして町のさまざまな場所へ残している。

トビー・ショウ(ピコ・アレクサンダー):亡くなったベイリーの恋人。ベイリーを失った悲しみを共有できるレニーに接近し、ふたりの関係は次第に危うい親密さを帯びていく。レニーにとって、姉が生きていた過去と強く結びついた存在でもある。

ジョー・フォンテイン(ジャック・コリモン):レニーの学校へやって来た転校生。フランスのパリから移住してきた音楽家で、トランペットやギターを演奏する。明るく情熱的な性格で、音楽を遠ざけていたレニーに再び演奏する喜びを思い出させる。

グラム/フィオナ・ウォーカー(チェリー・ジョーンズ):レニーとベイリーを育ててきた祖母。画家として創作を続けながら、広大なバラ園の世話をしている。気丈に振る舞っているものの、孫娘を失った深い悲しみを抱えている。

ビッグ・ウォーカー(ジェイソン・シーゲル):レニーの叔父。自由奔放で風変わりな性格だが、グラムとともにレニーを見守ってきた親代わりのひとり。家族の悲しみを受け止めながら、レニーにさりげなく寄り添う。

ベイリー・ウォーカー(ハバナ・ローズ・リウ):レニーの姉。明るくエネルギッシュな性格だったが、心臓の不整脈によって突然亡くなった。

作品の魅力解説

悲しみ続けることを選ぶ少女

本作が繊細にすくい取るのは、悲しみから立ち直れないのではなく、あえて立ち直りたくないという感情である。レニーにとって悲しみは、亡くなった姉と自分をつなぐ最後の糸だ。悲しみから逃げれば姉を忘れてしまうのではないかという恐怖から、彼女は自ら喪失の中にとどまろうとする。

そのため、本作における回復は、悲しみを消し去ることではない。姉への愛情や不在の痛みを抱えたまま、それでも音楽を奏で、新しい誰かを愛せるようになるまでの過程として描かれる。レニーだけでなく、グラムやビッグ、トビーもそれぞれ異なる方法でベイリーの死を受け止めようとしており、喪失の現れ方は人によって異なることも丁寧に示されている。

詩と音楽で少女の内面を可視化

レニーは行き場のない感情や姉との記憶を、紙片や菓子の包み、木の皮などに書き残していく。それらの言葉に音楽、巨大なバラ、深い森、空中へ浮かび上がる人物たちといった幻想的な映像を重ねることで、言葉だけでは整理できない少女の内面が可視化されている。

北カリフォルニアのレッドウッドの森を捉えた撮影と、原色を生かした衣装や美術も印象的だ。現実と想像の境界を曖昧にする場面では、CGだけに頼らず、ダンサーやワイヤーを用いた実写表現も取り入れられた。悲嘆を扱いながらも映像が生命力と色彩にあふれている点は、ジョセフィン・デッカー監督らしい大胆な演出といえる。

ふたつの恋が象徴する過去と未来

本作の三角関係は、単にふたりの男性から恋の相手を選ぶ物語ではない。亡き姉の恋人トビーは、レニーと悲しみを共有できる一方、彼女をベイリーが生きていた過去へ引き戻す存在でもある。対するジョーは、音楽や初恋の喜びを通して、姉のいない未来にも人生が続いていくことを示す。

トビーとの関係には倫理的な危うさがあり、レニー自身も罪悪感を抱いている。それでも彼女の行動を単純な裏切りとして断罪せず、喪失によって境界線や判断力を失った少女の混乱として描いている点に、本作の誠実さがある。

好みが分かれるロマンチックな結末

レニーの悲しみや家族との衝突を丹念に積み重ねてきた一方、終盤では、町に残された彼女の言葉がジョーを導き、気球を使ったロマンチックな再会へとつながっていく。姉ベイリーの存在が空からふたりを結びつけたとも受け取れる、作品の幻想性を象徴するクライマックスである。

この大がかりな結末を、多幸感のある美しい着地として好む観客もいるだろう。ただし、それまで現実的な痛みや複雑な感情を丁寧に描いていたからこそ、偶然や運命が問題を解決するデウス・エクス・マキナ的な展開に見えてしまう部分もある。地に足のついた和解を期待していた場合、やや唐突な救済に感じられるかもしれない。

cula をもっと見る

今すぐ購読し、続きを読んで、すべてのアーカイブにアクセスしましょう。

続きを読む