新作映画『CBGB ニューヨーク、PUNKが生まれた場所』 を紹介&解説するレビュー。
1970年代のニューヨークで、パンクという新たな音楽が産声を上げた伝説的なライブハウス、CBGB。その舞台を開き、守り続けた男ヒリー・クリスタルの姿を描く『CBGB ニューヨーク、PUNKが生まれた場所』が、10月23日(金)に日本公開を迎える。スターたちの華々しい活躍の陰で、彼らが輝くための場所を用意した人々は何を思い、どう振る舞ったのか。アラン・リックマンの演技も軸に、本作の魅力と気になった点を振り返りたい。
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映画『CBGB ニューヨーク、PUNKが生まれた場所』レビュー
アラン・リックマンの声と存在感が映画を支える
『ハリー・ポッター』シリーズのセブルス・スネイプや、『アリス・イン・ワンダーランド』のアブソレムなどで知られるアラン・リックマン。そのキャリア後期の演技をじっくりと味わえることは、本作の大きな魅力の一つと言えるだろう。
深く響く低音の声、そして周囲がどれほど騒がしくとも自然と観る者の視線を引き寄せる存在感は、ここでも健在だ。
ラモーンズやデッド・ボーイズをはじめ、強烈な個性を放つ実在のミュージシャンたちが次々と登場する群像劇でありながら、物語の軸が最後までヒリー・クリスタルから揺らがないのは、リックマンの抑制の効いた演技に負うところが大きい。
スターではなく、“スターが輝ける場所を作った人”を描く
本作でとりわけ興味深いのは、演奏によって世界を熱狂させたスター本人ではなく、ヒリー・クリスタルやジェニア・ラヴァンといった、「彼らが輝くための機会や舞台を用意した側」に焦点を当てている点だ。
ヒリー自身に、パンクという音楽を生み出そうという壮大な構想があったわけではない。彼はただ、既存の音楽業界に居場所を見いだせない若者たちにもステージを開放し、「オリジナル曲を演奏する」という最低限のルールだけを課したにすぎない。ジェニアもまた、破天荒なデッド・ボーイズを単に面白がるのではなく、彼らの衝動をレコードという形ある作品へと昇華させようと奔走する。
文化を形づくるのは、才能そのものだけではない。その才能が目覚める場所や、目覚めるための気構えを与える人の存在もまた、欠かすことのできない要素なのだ。本作のヒューマンドラマとしての価値は、まさにその一点にある。加えて、コミックを思わせる演出も独特の味わいを生んでおり、作品に軽妙なリズムをもたらしている。
パンク映画としての熱量と人物描写には物足りなさも
一方で、実在の著名人が次々と登場するわりに、一人ひとりの人物描写はかなり表層的にとどまっている。ルー・リード、デビー・ハリー、イギー・ポップらが、本人の特徴をごく短い時間でなぞるだけの場面も少なくない。
さらに言えば、本作は史実を厳密に再現した作品でもない。映画自身も認めているとおり、実際にはCBGBで演奏していないイギー・ポップをステージに立たせるなど、時系列や出来事を大胆に組み替えている部分がある。事実そのものがすでに偉業と呼ぶにふさわしいのだから、こうした脚色は必ずしも必要なかったのではないか、という疑問も残る。
パンクを題材に据えるのであれば、もう一段の熱量がほしかったと感じる瞬間もあるが、それに関しては、本作はパンクそのものが持つ爆発力を観客に体感させる映画というより、時に彼らの破天荒さに手を焼きながらも、その場所を守り続けた人間を外側から見つめる作品だ。その視点に立てば、全体を貫く落ち着いた温度感にも、一定の納得がいくだろう。
そして、テレヴィジョン、トーキング・ヘッズ、デッド・ボーイズ、ザ・ストゥージズ、ザ・ポリスらによる、時代の空気をまとった楽曲が次々と流れるサウンドトラックは、それだけで純粋に楽しい。映画としての粗さは否めないものの、1970年代ニューヨークの音楽史へと足を踏み入れるための入口として、十分に楽しめる一作だ。
才能が生まれる瞬間そのものではなく、その瞬間を迎えるための場所に光を当てた『CBGB ニューヨーク、PUNKが生まれた場所』は、10月23日(金)より日本公開。音楽史に名を刻んだバンドたちの裏側で、騒がしくも愛おしい日々を支え続けた人々の物語に、劇場で触れてみてほしい。
ライター/エディター/映画インスタグラマー。2019年に早稲田大学法学部を卒業。東京都職員として国際業務等を経験後、ライター業に転身。各種SNS(Instagram・X)やYouTubeチャンネル「cula 見て聞く映画マガジン(旧:アルテミシネマ)」においても映画や海外ドラマ、音楽といったカルチャーに関する情報レビューを発信している。
