映画『テルアビブ・ベイルート』(2022)を紹介&解説。
映画『テルアビブ・ベイルート』概要
映画『テルアビブ・ベイルート』は、イスラエルとレバノンの間で繰り返される戦争を背景に、国境の両側で生きる二つの家族の20年以上にわたる運命を描いた歴史ドラマ。ミハル・ボガニム監督(『故郷よ』)が、1984年、2000年、2006年という三つの時代を通して、戦地へ向かう男たちと、彼らを待ち続ける女性たちの人生を見つめる。第35回東京国際映画祭コンペティション部門でワールドプレミアされた。
作品情報
| 日本版タイトル | 『テルアビブ・ベイルート』 |
|---|---|
| 原題 | Tel Aviv – Beyrouth |
| 製作年 | 2022年 |
| 本国公開日 | 2023年2月1日(フランス) |
| 日本公開日 | 2022年10月25日(第35回東京国際映画祭/ワールドプレミア) |
| ジャンル | 歴史ドラマ/ロードムービー |
| 製作国 | キプロス/フランス/ドイツ |
| 原作 | 無 |
| 上映時間 | 116分 |
| 監督・脚本 | ミハル・ボガニム |
|---|---|
| 製作 | フレデリック・ニーデルマイヤー/エマニュエル・ジロー/タナシス・カラタノス/マルティン・ハンペル/マリオス・ピペリデス/ヤニーネ・テーリング/マリー・ソンヌ=イェンセン |
| 撮影 | アクセル・シュネバット |
| 編集 | アンヌ・ヴェイユ・コトラルスキ |
| 作曲 | アビシャイ・コーエン |
| 出演 | ザルファ・シウラート/サラ・アドラー/シュロミ・エルカベッツ/ユネス・ブアブ/ソフィア・エッサイディ |
| 製作 | モビー・ディック・フィルムズ/レ・フィルム・ド・ラ・クロワザード/トゥエンティ・トゥエンティ・ヴィジョン/TB テルアビブ・ベイルート AVC Ltd |
| 配給 | デュラック・ディストリビューション(フランス)/WTフィルムズ(海外セールス) |
あらすじ
1984年、戦火に揺れる南レバノン。イスラエル兵ヨシは、南レバノン軍の兵士フアドと交流を深める一方、妻ミリアムと生まれたばかりの息子ギルから離れて戦地で暮らしていた。やがて2000年のイスラエル軍撤退によってフアドと娘タニヤも故郷を追われる。さらに2006年、再び戦争が始まる中、ミリアムとタニヤは大切な人を捜すため国境へと向かう。
主な登場人物(キャスト)
タニヤ(ザルファ・シウラート):南レバノンでフアドとヌールの娘として育った女性。幼い頃から戦争と宗派対立に翻弄され、成長後はカマルと愛し合う。2000年のイスラエル軍撤退に伴い父とイスラエルへ逃れ、後にミリアムと行動を共にする。
ミリアム(サラ・アドラー):イスラエル兵ヨシの妻。夫が長期間戦地に身を置く中、息子ギルを事実上ひとりで育てていく。2006年、兵士となった息子の身を案じ、タニヤとともに国境へ向かう。
ヨシ(シュロミ・エルカベッツ):南レバノンへ派遣されたイスラエル兵。現地で南レバノン軍のフアドと親交を結ぶ。家庭から離れ、戦争そのものへと深く取り込まれていく人物として描かれる。
フアド(ユネス・ブアブ):タニヤの父で、イスラエル軍と協力関係にあった南レバノン軍の兵士。ヨシと友情を築く一方、その立場ゆえに故郷で危険な状況へ追い込まれていく。
ヌール(ソフィア・エッサイディ):フアドの妻でタニヤの母。夫がイスラエル軍と協力することへの不安と不満を抱き、戦争から離れた場所で家族と暮らすことを望んでいる。
作品の魅力解説
本作が特徴的なのは、戦争を最前線で戦う兵士の武勇ではなく、戦地から遠ざけられ、家族の置かれた状況すら十分に知ることのできない女性たちの側から見つめていることだ。夫や息子が戦場へ向かっても、自らには状況を変える術がない。離れた家族を想いながら、いま目の前にいる家族を守るしかない。その不安や怒り、焦燥をタニヤとミリアムという国境の両側にいる女性たちの人生を通して浮かび上がらせる。
物語は1984年、2000年、2006年という三つの時代で構成される。イスラエルによる南レバノン占領、2000年の撤退、2006年の第二次レバノン戦争と状況が変化しても、戦争が個人や家族へ残した傷は消えない。一度の戦争が終結しても、その影響は次の世代へ引き継がれていくという構造そのものが、本作の大きなテーマとなっている。
映像面では、自然光を思わせる光と乾いた大地、巻き上がる土煙の中へ日常と紛争の恐怖を同居させた画作りが印象的だ。監督はイスラエルとレバノンで色彩を使い分ける一方、細かなカット割りを避けた長回しと浮遊するようなカメラワークを採用している。爆撃や戦闘を直接見せることも抑え、画面外から聞こえる航空機やヘリコプターの音によって、そこに戦争が存在することを観客に意識させる。
水を利用した映像表現も目を引く。ボガニム監督自身、戦争を直接映す代わりに「水たまりに映るヘリコプターの影」のようなイメージを用いたと説明している。水面という身近で静かなものへ戦争の象徴が侵入することで、戦場から離れた日常にも暴力の気配が入り込んでいることを視覚化する。土や埃の乾いた質感と水面の揺らぎとの対照も、本作に独特の映像的な記憶を残している。
音楽を担当するのは世界的ジャズ・ベーシストのアビシャイ・コーエン。ボガニムは過度に感傷的な音楽を避け、緊張感と空気を生み出すことを重視したという。戦争そのものを大仰に見せるのではなく、戦争によって待つこと、離れること、故郷を失うことを強いられた人々の日常へ視線を置いた作品である。
