韓国映画『マリオネット 私が殺された日』(2017)を紹介&解説。
映画『マリオネット 私が殺された日』概要
映画『マリオネット 私が殺された日』は、実際に起きた青少年への性犯罪や違法映像の拡散をモチーフに、過去を隠して生きる女性が再び悪夢に巻き込まれていく姿を描いた韓国の犯罪スリラー。高校教師ソリンのもとに、彼女を密かに撮影した写真と脅迫メッセージが届き、かつての事件を担当した元刑事とともに正体不明の〈マスター〉を追う。イ・ハンウク監督の長編デビュー作で、主演はイ・ユヨン。共演にキム・ヒウォン、オ・ハニ、イ・ハクジュ、キム・ダミら。
作品情報
| 日本版タイトル | 『マリオネット 私が殺された日』 |
|---|---|
| 原題 | 나를 기억해 |
| 英題 | Marionette |
| 製作年 | 2017年 |
| 本国公開日 | 2018年4月19日 |
| 日本公開日 | 2019年3月15日 |
| ジャンル | ミステリー/クライム/スリラー |
| 製作国 | 韓国 |
| 上映時間 | 102分 |
| 監督 | イ・ハンウク |
|---|---|
| 脚本 | イ・ハンウク/キム・ウンギョン |
| 製作 | イ・ゴヌ |
| 撮影 | パク・キョンギュン |
| 編集 | ウォン・チャンジェ |
| 美術 | チョン・ソンギュン |
| 音楽 | キム・ドンウク |
| 出演 | イ・ユヨン/キム・ヒウォン/オ・ハニ/イ・ハクジュ/キム・ダミ/チャン・ヒョクチン/コ・ギュピル/カン・ジソプ |
| 製作 | オアシス・エンターテインメント |
| 配給 | シネグル・キダリエンティ(韓国)/クロックワークス(日本) |
あらすじ
高校教師のハン・ソリンは、恋人との結婚を控え、穏やかな生活を送っていた。しかしある日、〈マスター〉と名乗る正体不明の人物から、自分の無防備な姿を撮影した写真と脅迫メッセージが届く。
実はソリンは14年前、ミナという名前で暮らしていた高校生の頃、同級生たちから性暴力を受け、その様子を撮影した動画をインターネット上に拡散された過去を持っていた。名前を変え、事件を知る者のいない土地で人生を立て直してきたソリンだったが、生徒のセジョンにも同じ手口による被害が及んでいることを知る。
過去の悪夢が再び始まったと感じたソリンは、14年前の事件を担当した元刑事オ・グクチョルに助けを求める。ふたりは次々と送られてくるメッセージを手がかりに、被害者を操ろうとする〈マスター〉の正体を追い始める。
主な登場人物(キャスト)
ハン・ソリン(イ・ユヨン):結婚を控えている高校教師。14年前に性犯罪と違法映像拡散の被害に遭い、ミナという名前を捨てて別人として生きてきた。〈マスター〉から届いた脅迫メッセージをきっかけに、封印していた過去と向き合う。
オ・グクチョル(キム・ヒウォン):ソリンが高校生だった頃の事件を担当した元刑事。現在は警察を離れているが、助けを求めてきたソリンとともに〈マスター〉の行方を追跡する。
ヤン・セジョン(オ・ハニ):ソリンが勤める高校の生徒。ソリンが過去に受けたものと似た手口の犯罪に巻き込まれ、その存在が新たな事件を解く重要な手がかりとなる。
キム・ドンジン(イ・ハクジュ):ソリンのクラスで委員長を務める男子生徒。教師の前では模範的に振る舞っているが、周囲に見せていない別の顔を持つ。
ユ・ミナ(キム・ダミ):高校生時代のソリン。性犯罪の被害に遭ったうえ、撮影された動画をインターネット上に拡散され、名前や居場所を変えざるを得なくなる。
ウヒョク(カン・ジソプ):ソリンの婚約者。彼女との結婚を目前に控えているが、ソリンが隠し続けてきた過去については知らない。
作品の魅力解説
本作が扱うのは性暴力そのものだけではない。被害映像の拡散、報道機関による過剰な取材、周囲の偏見、被害者に落ち度を求める言動までを、一続きの暴力として描いている。名前を変えなければ平穏な生活を取り戻せなかったソリンの姿を通じて、犯罪後も長く続く被害と社会の無理解を浮かび上がらせる作品だ。
正体不明の〈マスター〉から送られてくるメッセージを手がかりに、ソリンとグクチョルが犯人を追うミステリーとしての構成も持つ。イ・ユヨンは過去を知られる恐怖と生徒を救いたい思いの間で揺れる主人公を繊細に演じ、キム・ヒウォンは人間臭さのある元刑事として、重苦しい物語に緩急を与えている。高校生時代のミナを演じたキム・ダミの、初期出演作ならではの瑞々しく痛切な演技にも注目したい。
一方で、性犯罪の描写には被害者の身体を加害者側の視線から映すような場面があり、告発しようとする題材を娯楽的な刺激へ転化しているとの批判もある。複数の容疑者と反転を重ねる終盤についても、人物関係の整理や社会的テーマの掘り下げが十分とは言い難い。完成度の高い社会派映画というより、デジタル性犯罪と二次被害の深刻さを、粗さを残しながら犯罪スリラーの形式で突きつける作品として捉えるのが適切だろう。
