『バハールの涙』とはどんな映画?あらすじ・キャスト・魅力まとめ

映画『バハールの涙』(2018)を紹介&解説。


映画『バハールの涙』概要

映画『バハールの涙』は、IS(イスラム国)によるヤズィディ教徒への迫害と、それに抵抗した女性戦闘員たちの実像に着想を得て、エヴァ・ウッソン監督(『青い欲動』)が描いた戦争ドラマ。ISによって夫を殺され、息子を連れ去られた女性バハールが、女性武装部隊“太陽の女たち”を率いて故郷の奪還を目指す姿と、その戦いを世界へ伝えようとする女性戦場記者を描く。主演は『パターソン』のゴルシフテ・ファラハニ。第71回カンヌ国際映画祭コンペティション部門出品作品。

作品情報

日本版タイトル 『バハールの涙』
原題 Les Filles du Soleil
英題 Girls of the Sun
製作年 2018年
本国公開日 2018年11月21日
日本公開日 2019年1月19日
ジャンル 戦争/ドラマ
製作国 フランス/ベルギー/ジョージア/スイス
原作 無
上映時間 111分
監督 エヴァ・ウッソン
脚本 エヴァ・ウッソン(脚本コンサルタント:ジャック・アコティ)
製作 ディダール・ドメリ
撮影 マティアス・トゥルールストルップ
編集 エミリー・オルシニ
作曲 モーガン・キビー
出演 ゴルシフテ・ファラハニ/エマニュエル・ベルコ/ズュベイデ・ブルト/マイア・シャモエヴィ/エヴィン・アーマドグリ/エロール・アフシン/ベヒ・ジャナティ・アタイ
製作会社 マネキ・フィルムズ/ワイルド・バンチ/アーチズ・フィルムズ/ギャップバスターズ/20ステップス・プロダクションズ/ボール・カードル・フィルムズほか
配給 コムストック・グループ/ツイン(日本)

あらすじ

クルディスタンで夫や息子と暮らしていた弁護士バハールの日常は、ISの襲撃によって一変する。夫は殺害され、バハールは息子と引き離されて囚われの身となるが、やがて脱出に成功。数カ月後、彼女は女性武装部隊“太陽の女たち”を率い、息子の救出と故郷の奪還を目指して戦場に立っていた。そこへフランス人戦場記者マチルドが同行し、彼女たちの戦いを世界へ伝えようとする。

主な登場人物(キャスト)

バハール(ゴルシフテ・ファラハニ):かつては夫や息子と暮らす弁護士だった女性。ISの襲撃によって家族を奪われ、自身も囚われの身となった経験を持つ。脱出後は女性武装部隊“太陽の女たち”を率い、囚われた息子を取り戻すため最前線へ向かう。

マチルド(エマニュエル・ベルコ):“太陽の女たち”に同行するフランス人戦場記者。片眼を失いながらも戦場で取材を続け、バハールたちの体験と戦いを世界へ伝えようとする。実在の戦場記者メリー・コルヴィンとマーサ・ゲルホーンから着想を得て造形された人物。

ラミア(ズュベイデ・ブルト):バハールとともに戦う“太陽の女たち”の女性戦闘員。

ズィレク(アフメット・ズィレク):ISとの戦闘に参加する部隊の司令官。

ダリア(ベヒ・ジャナティ・アタイ):ヤズィディの女性たちをめぐる状況に関わる女性代議士。

作品の魅力解説

本作の根底にあるのは、単純な“強い女性”の物語ではなく、暴力によって奪われた人間としての尊厳と主体性を、自らの手で取り戻そうとする人々の物語である。エヴァ・ウッソン監督は、2014年にイラク北部シンジャルをISが襲撃し、ヤズィディの男性たちが殺害され、数千人の女性や子供たちが連れ去られた現実を背景に物語を構築した。登場人物や部隊はフィクションだが、監督は現地を知る人々への膨大な取材を重ね、実際の女性戦闘員たちの経験を作品へと反映している。

劇中を象徴するのが、「被害者でいるより戦いたい」という女性の意思だ。正しい、あるいは合理的だと思える行動を頭で理解することと、死や暴力への恐怖を乗り越えて実際に行動へ移すことはまったく異なる。本作が映し出すのは、まさに後者を選んだ人々だ。傷つけられたから強いのではなく、恐怖も喪失も抱えたまま、それでも一歩を踏み出す。その姿から立ち上がってくる強さには、単なる戦争アクションの勇壮さとは異なる重みがある。

同時に強烈なのが、戦争による“アイデンティティの剥奪”である。名前も家族も職業も性格も持つ一人の人間が、殺害されればひとつの「遺体」となり、性暴力を受ければひとりの人格ではなく「女」という属性へ押し込められ、誘拐された子供たちは名前や家族とのつながりを切断されて「子供たち」という集団へ還元されてしまう。とりわけISに連れ去られた少年たちが思想教育を施され、自らが何者であったのかを失っていく恐怖は深い。だからこそ、“太陽の女たち”の戦いは領土を取り戻すためだけではない。自分自身と大切な者たちの名前、尊厳、人生を取り戻すための戦いとして映る。

その中心にゴルシフテ・ファラハニを据えたキャスティングも大きな説得力を生んでいる。悲劇を経験した母親としての痛みと、部隊を率いる指揮官としての揺るがない意志を併せ持つバハールに、ファラハニ特有の芯の通った佇まいが重なる。声を張り上げずとも画面を支配する存在感があり、戦闘服に身を包み暗闇の中から浮かび上がる姿そのものが、この女性が歩んできた過酷な時間を感じさせる。

マティアス・トゥルールストルップによる撮影も印象深い。仄暗い室内や夜の戦場を多用し、光と影の強いコントラストによって常に死の気配が漂う世界を構築する一方、その闇の中にバハールたちの顔や眼差しを浮かび上がらせる。題名に“太陽”を掲げながら、映画を覆うのは深い闇。その対比が、絶望的な状況の中でも自ら光になろうとする女性たちの存在をいっそう際立たせている。

さらに、彼女たちの戦いを見つめるマチルドの存在によって、本作は「戦う者」と「それを伝える者」という二つの行動を並置する。マチルドは実在の戦場記者メリー・コルヴィンとマーサ・ゲルホーンに着想を得た人物であり、自らも危険に身をさらしながら他者の声を世界へ届けようとする。銃を手に取ることだけが行動ではない。戦う女性と記録する女性を同時に描くことで、『バハールの涙』は暴力を前にして人間が何を選び、何を守ろうとするのかを問いかける戦争映画となっている。

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