【映画レビュー『おさるのベン』】なぜここまで怖い? 知能を持つ“狂ったチンパンジー”の演出と、トロイ・コッツァーがもたらした多層性

『おさるのベン』より © 2025 Paramount Pictures. All Rights Reserved. REVIEWS
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新作映画『おさるのベン』 を紹介&解説するレビュー。


2月20日(金)日本公開『おさるのベン』は、『海底47m』のヨハネス・ロバーツ監督が手がける動物パニックホラー。飼育していたチンパンジーが狂犬病に感染し凶暴化、大学生ルーシーと友人たちが豪邸に閉じ込められ、生存を懸けた一夜を過ごすことになる——という物語だ。出演はジョニー・セコイヤジェシカ・アレクサンダートロイ・コッツァーほか。

『おさるのベン』あらすじ

舞台はハワイ。大学生のルーシーは久々に実家へ帰省し、崖の上に建つ豪邸で妹や友人たちと週末を楽しむ予定だった。だが家族が飼うチンパンジー“ベン”が狂犬病に感染したことで、穏やかな集いは一転、悪夢と化す。外部との連絡を断たれた屋敷の中で、ルーシーたちは生き残りを懸けた夜通しの攻防へと引きずり込まれていく。​​​​​​​​​​​​​​​​

『おさるのベン』より © 2025 Paramount Pictures. All Rights Reserved.

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狂犬病という現実の恐怖を核にした動物パニック演出

ヨハネス・ロバーツ監督は、狂気に染まったチンパンジーを通じて、紀元前から人類を脅かしてきた狂犬病(恐水病)の恐怖を現代のスクリーンに蘇らせた。舞台となるのは、丁寧にデザインされた絶海の豪邸。そこで繰り広げられるのは、狂犬病に感染したチンパンジーによる、緩急自在のスリルと衝撃的なバイオレンスだ。

『おさるのベン』より © 2025 Paramount Pictures. All Rights Reserved.

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傷口からの感染が命取りになるというリスクは出血描写に凄まじい緊張感を生み、いかに知能があろうとも、武器も防具も持たない一般人が凶暴化した動物に太刀打ちできないという人間の無力さも突きつけてくる。隣の部屋への移動すら、携帯電話を取りに行くことすら命がけ——そんなリアルで切迫したシチュエーションが、細かな伏線とともに練り上げられた脚本によって、主人公たちと観客を等しく恐怖のどん底へ引きずり込んでいく。​​​​​​​​​​​​​​​​

チンパンジーだからこそ生まれる予測不能の恐怖

ジョーダン・ピール監督の『NOPE/ノープ』にも似た要素があるが、本作の恐怖の源泉は、言語コミュニケーション研究者に育てられたチンパンジーという設定にある。人間とある程度の意思疎通が可能な高い知能を持つベンだからこそ、その行動は予測不能かつ、観る者を不安に陥れるのだ。

『おさるのベン』より © 2025 Paramount Pictures. All Rights Reserved.

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人間の動きに対応する知能、言語デバイスを使って挑発してくるサイコパスめいた邪悪さ、そして遊び心や好奇心がなければ決してやらないような残虐行為——「ここまでやるか?」と思わせつつ、「やらないとも限らない」とギリギリ納得させるバランスで描かれる“狂ったチンパンジー”の挙動は、圧巻というほかない。そこに動物ならではの筋力と容赦のなさ、耳をつんざくような鳴き声が加わることで、本作は息もつかせぬスリルと、思わず顔をしかめるほどのバイオレンス/ゴア描写を実現している。​​​​​​​​​​​​​​​​

そんなベンだが、驚くべきことに基本的にVFXではなく、生身の人間がスーツアクターとして演じているという。この手法が功を奏し、緻密な“人間味”と研究され尽くしたチンパンジーの動きが絶妙なバランスで融合。共演者たちからも“そこに実在する恐怖”への生々しい反応を引き出すことに成功している。

トロイ・コッツァーの存在が作品にもたらす奥行き

そして本作の魅力をさらに一段階引き上げているのが、主人公姉妹の父親役を演じたトロイ・コッツァーの存在だ。​​​​​​​​​​​​​​​​

『コーダ あいのうた』でアカデミー助演男優賞を受賞したコッツァーは、聴覚障がいを持つ父親として、娘たちや友人、そしてベンと手話で意思疎通を図る。作中では既に亡くなっている主人公の母親が言語コミュニケーションの研究者だったという設定や、知能の高いチンパンジーとの英語のみに頼らないコミュニケーションといった要素を繋ぐ重要な役どころだ。

『おさるのベン』より © 2025 Paramount Pictures. All Rights Reserved.

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耳の聞こえない彼が、迫りくる脅威にどう対処するのか——その描写は他のキャラクターとは明らかに一線を画している。さらに、聴覚にハンディキャップはあるものの、肉体的には作中で最もたくましく、戦闘能力も高そうに見える点も興味深い。コッツァーは卓越した演技力はもちろん、彼にしか体現できない多様な身体性によって、本作に奥行きと豊かさをもたらしている。​​​​​​​​​​​​​​​​

また、本物の姉妹かと見紛うルーシー役ジョニー・セコイアとエリン役ジア・ハンターの息の合った化学反応や、利己的なずる賢さと最低限の正義感を併せ持つケイト(ヴィクトリア・ワイアント)の人間臭いキャラクター造形、そして兄ニックが襲われた際の狂乱・憤怒の表情で強烈な印象を残すハンナ役ジェシカ・アレクサンダーなど、若手キャストたちもそれぞれ存在感を発揮している。

『おさるのベン』より © 2025 Paramount Pictures. All Rights Reserved.

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ホラーパニック・エンタテインメントの秀作

もちろん細かく見れば、「なぜチンパンジーの言語学習デバイスに『DEAD(死んだ)』なんて単語が登録されているのか」、また「そこまで接近して主人公に気づかないベンって……マジックミラー越しじゃあるまいし」といったツッコミどころはある。やや演出過多な部分も否めない。それでもホラーパニック・エンタテインメントとしては、最初から最後まで画面に釘付けにされる充実の一本だった。

『おさるのベン』より © 2025 Paramount Pictures. All Rights Reserved.

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『おさるのベン』2月20日(金)日本公開。グローバル化が進み、「狂犬病を封じ込めた国」日本にとっても狂犬病が再び他人事ではなくなりつつある今、改めてその恐怖と、凶暴化した動物の脅威を体感してみてはいかがだろうか。​​​​​​​​​​​​​​​​

作品情報

監督・脚本:ヨハネス・ロバーツ
脚本:アーネスト・リアラ
出演:トロイ・コッツァー、ジョニー・セコイヤ、ジェシカ・アレクサンダー、ビクトリア・ワイアント
配給:東和ピクチャーズ
©2025 Paramount Pictures. All Rights Reserved.
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