映画『エディントンへようこそ』をレビュー。
コロナ禍が加速させた分断、SNSという名の新たな”銃”、そして制御不能に膨れ上がった承認欲求──。『ヘレディタリー 継承』『ミッドサマー』で観客を戦慄させた奇才アリ・アスター監督が、パンデミック後の混沌とした世界を舞台に放つ最新作『エディントンへようこそ』が、12月12日(金)に日本公開される。
ホアキン・フェニックス、エマ・ストーン、ペドロ・パスカル、オースティン・バトラーという豪華キャストを迎え、アスター監督が今回照準を合わせたのは、スマホを片手に「正義」を振りかざす現代人の滑稽で残酷な姿だ。銃弾ではなく、評判と噂が飛び交う”スマホ西部劇”──そこに描かれるのは、誰もが「誰かのため」と謳いながら、結局は自己のエゴに突き動かされていく人間の本質である。
アリ・アスター監督も来日する東京国際映画祭でのプレミア上映を経て、ついに日本の観客の前に姿を現す本作。アスター監督が冷笑的に、そして鮮烈に映し出す現代社会の狂気は、私たちに何を問いかけるのか。
コロナ禍がもたらした分断と承認欲求の暴走
本作が舞台とするのは、世界がひっくり返ったあのパンデミック──“コロナ禍”である。ロックダウンによって陰鬱とした空気が社会を覆い、人々の分断や罵り合い、ネットの影響力の強大化が加速度的に進んだあの時代だ。マスクやソーシャルディスタンスが強要され、コミュニケーション不全によって孤立化していく人々。その一方で、SNSや巧みな言葉で名声を手にしていく者たちも現れた。リアルでのふれあいを奪われた人々は、こぞってインターネット上で「何者か」になろうと必死にあがいた。そうした承認欲求の渦は、やがて過激なデモや抗議活動へと結びついていったようにも思える。

『エディントンへようこそ』 © 2025 Joe Cross For Mayor Rights LLC. All Rights Reserved.
人々の心的ストレスを混沌とした世界観で描くことにかけては他の追随を許さない奇才アリ・アスター(『ヘレディタリー 継承』『ミッドサマー』『ボーはおそれている』)が、今回照準を合わせたのは、まさにそんな分断の世の中に苦しみあがく人々の過激かつ滑稽な姿だ。大衆は何にでもスマホのカメラを向けながら他人の粗探しに興じ、遠くで起きた出来事を発端に、その本質を理解しているかも怪しいまま正義面した抗議運動に勤しむ。権力に楯突きさえすれば自分たちが圧倒的正義であるかのように振る舞い、意味のない破壊活動まで始める始末だ。
その巻き添えを食うのは、悪事を働いたわけでもないのにとばっちりをくらう警察官や、比較的平和に暮らしていたマイノリティたちである。「黒人のために」と声高に叫ぶ白人が、当の黒人に対して思想を強制する光景には、ただ呆れるほかない。一体何なんだ、これは。
誰もが「誰かのため」を謳いながら、どこかで自分のエゴのために動いている。だからこそ、極限の状況に追い込まれれば、結局は自分本位な行動しか取れない。完全に無私な行動などそうそう存在せず、人は本音と建前の狭間で中途半端な選択を繰り返すばかりだ。そうした矛盾と私利私欲にまみれた正義の衝突、人間の醜さと脆さ、そしてこの世のカオス──アスター監督は今回もそれらを冷笑気味に、実に意地悪く描き切ってみせた。

アリ・アスター(Photo by Eamonn M. McCormack)
アリ・アスターが映す“スマホ西部劇”の世界
アスターは本作を「銃の代わりにスマホを手にした西部劇」と呼ぶが、まさに言い得て妙だ。本作では狭いコミュニティを舞台に、銃弾が飛び交うドンパチな銃撃戦ではなく、評判と噂、情報操作による戦いが繰り広げられる。今や人々が簡単に銃を他人に向けて撃つケースは少ないが、SNSでの評判操作によって他人の人生を一撃で葬り去ることができる時代である。しかも敗者は潔く無に帰すこともできず、苦しみながら人生を彷徨うことになる。そう考えれば、銃での決闘よりもよほどタチが悪いかもしれない。

『エディントンへようこそ』より © 2025 Joe Cross For Mayor Rights LLC. All Rights Reserved.
本作ではそんな“スマホでの決闘”を象徴するかのように、ホアキン・フェニックスとペドロ・パスカルが対峙する西部劇のようなカットも登場する。人々がいかに「大衆の評判」や「炎上」を恐れるようになったか、そして炎上や評判の失墜が、人をどこまで悲劇へ、豹変へ、狂気へと追い込むのか──本作はそれを鮮烈に描き出している。
フェニックス、ストーンら豪華キャストが体現する狂気と脆さ
監督の前作『ボーはおそれている』に引き続き主演を務めるホアキン・フェニックスは、本作でも“可哀想顔”が抜群に似合う。自身の職務を全うしようとするひたむきな思いと、ほんの少しの自己顕示欲・承認欲求が、ここまでの悲劇を招いてしまうのかという不幸で気の毒なキャラクター。それが徐々に庇いきれない畜生へと変貌していく様は、観客の心を見事に揺さぶるフェニックスのハマり役と言えるだろう。

エマ・ストーン、『エディントンへようこそ』より © 2025 Joe Cross For Mayor Rights LLC. All Rights Reserved.
また、ヨルゴス・ランティモス監督との度重なるタッグで演技の幅を広げ続けているエマ・ストーンは、精神を病んだ予測不能な妻役としてアスター作品に新鮮な風を吹き込んだ。さらにペドロ・パスカル、オースティン・バトラーはそれぞれ異なるカリスマ性を発揮し、うだつの上がらない役のフェニックスと対照的な存在感で作品に鮮やかな彩りを与えている。
スマホが銃に代わる時代の狂気と欲望を、アリ・アスターは冷笑的かつ鮮烈に描き切った。分断の中で生きる人間の姿を鋭く映し出す『エディントンへようこそ』は、観客に深い問いを突きつける1作だ。本作は東京国際映画祭でのプレミア上映を経て、12月12日(金)日本全国公開。
作品情報
原題:EDDINGTON
監督・脚本:アリ・アスター
出演:ホアキン・フェニックス、ペドロ・パスカル、エマ・ストーン、オースティン・バトラー、ルーク・グライムス、ディードル・オコンネル、マイケル・ウォード
2025年/アメリカ映画/PG12/148分
© 2025 Joe Cross For Mayor Rights LLC. All Rights Reserved.
配給:ハピネットファントム・スタジオ
公開日:2025年12月12日(金) TOHOシネマズ日比谷ほか全国公開
