【映画レビュー『RED ROOMS レッドルームズ』】強烈な好奇心に同化させられる恐怖-現代デジタル社会の病理

『RED ROOMS レッドルームズ』©Nemesis Films REVIEWS
『RED ROOMS レッドルームズ』©Nemesis Films

9月26日(金)に日本公開となった『RED ROOMS レッドルームズ』は、現代社会の暗部を鋭く照射する問題作である。連続殺人犯の裁判を傍聴し続けるファッションモデルを主人公に据えた本作は、単なるサイコスリラーの枠を超え、観客自身の内なる好奇心と向き合わせる挑発的な映画体験を提供している。

現代社会の病理を鋭く切り取る視点

エド・ゲインやジャック・ザ・リッパー、そして国内外で大事件を起こしたカルト集団に至るまで、犯罪者やサイコキラーに対する人々の関心は決して途絶えることがない。彼らの手によって苦痛を味わった人々、命を奪われた人々、そしてそれを嘆き悲しんだ人々の存在を十分に理解しているにも関わらず、どこか他人事として興味を向け続けてしまう。人間の好奇心というものは、時として残酷極まりないものだ。

インターネットとSNSが支配する現代において、情報はこれまで以上に複雑に絡み合い、人々の”怖いもの見たさ”という覗き見的欲求や道徳的感覚の麻痺は一層加速しているように感じられる。『RED ROOMS レッドルームズ』は、まさにそうした現代特有の不穏で暗澹たる側面を的確に捉えることに成功した作品であり、社会に蔓延する病的な好奇心を様式美をもって白日の下に晒している。​​​​​​​​​​​​​​​​

ジュリエット・ガリエピが体現する現代の狂気

本作の中核を成すのは、主人公ケリー=アンヌを演じたジュリエット・ガリエピの圧倒的な演技である。明確な動機も目的も見えないまま、ただ狂気的なまでに事件へとのめり込んでいる彼女の姿を、ガリエピは抑制の効いた演技と鋭利な視線、そして画面を支配する強烈な存在感によって見事に体現してみせた。

彼女が演じるケリー=アンヌの存在こそが、まさに現代社会の病理そのものなのだ。本作は真犯人の残虐性を描くことよりも、むしろそれを見物する側の”真犯人的”とも言える欲望に焦点を当てた、極めて精密かつ臨床的な作品であることが、ガリエピの演技を通して浮き彫りになる。観客は彼女の狂気を通して、自らの内に潜む暗い衝動と向き合わざるを得なくなるのである。​​​​​​​​​​​​​​​​

観客自身を試す巧妙な演出術

だからこそ本作は、暴力的な映像を一切映し出さない選択を取っている。そんな本作を鑑賞している最中、筆者は正直なところ「一体どのような映像なのだろう」「いつかその場面が映し出されるのだろうか」と考えてしまった。ああ、まさにこれこそが嫌悪すべき好奇心であり、邪悪な覗き見趣味に自分自身が同化してしまった瞬間だったのだ。

ここにこそ本作の真の巧妙さがある。曖昧さを武器に議論を喚起するだけに留まらず、あからさまな露悪趣味に走ることを巧妙に回避しながらも、ケリー=アンヌという人物への妙な共感を観客に抱かせてしまう。この手法によって観客の神経を鋭く逆撫でし、自らの内なる暗部を突きつけられる、身につまされるような体験を提供しているのである。映画を見る行為そのものが問われる、知的で挑発的な仕掛けと言えるだろう。​​​​​​​​​​​​​​​


9月26日(金)に日本公開となった『RED ROOMS レッドルームズ』は、観客を単なる傍観者として留まらせない、知的で挑発的な映画体験を約束する。暴力的な映像に頼ることなく、人間の暗い欲望を浮き彫りにする演出の巧妙さ、そしてジュリエット・ガリエピの圧倒的な演技力によって、現代社会の病理を冷静かつ鋭利に切り取った秀作である。映画館を出た後も、自らの好奇心の在り方について深く考えさせられる、後味の残る一作となるはずだ。​​​​​​​​​​​​​​​​

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