【映画レビュー『聖なるイチジクの種』】宗教国家に根を張り、締め付ける抑圧の力学

『聖なるイチジクの種』© Films Boutique REVIEWS
『聖なるイチジクの種』© Films Boutique

カンヌ国際映画祭<審査員特別賞>受賞の衝撃のサスペンススリラー映画『聖なるイチジクの種』が2月14日(金)から日本公開となった。

『聖なるイチジクの種』予告編

『聖なるイチジクの種』あらすじ

国家公務に従事する一家の主・イマンは 20年間にわたる勤勉さと愛国心を買われ夢にまで見た予審判事に昇進。しかし業務は、反政府デモ逮捕者に不な刑罰を課すための国家の下働きだった。
報復の危険が付きまとうため国から家族を守る護身用の銃が支給される。しかしある日、家庭内から銃が消えた。

最初はイマンの不始末による紛失だと思われたが、次第に疑いの目は、妻・ナジメ、姉のレズワン、妹・サナの3人に向けられる。誰が?何のために?捜索が進むにつれ互いの疑心暗鬼が家庭を支配する。

そして家族さえ知らないそれぞれの疑惑が交錯するとき、物語は予想不能に壮絶に狂いだすーーー。

根を張り、締め付ける抑圧の力学

「聖なるイチジクの木の一生は独特だ。種子は鳥の糞に混ざり、他の木に落ち、発芽すると地面に向けて根を伸ばす。そして宿主の木に枝を巻き付け、締め上げ、最後には独り立ちするのである」。これは今作冒頭で語られる文章の引用である。

本作は冒頭のイチジクの比喩を見事な象徴として用いる。宗教思想とイデオロギーが、歪んだ権力構造と家父長制の土壌に根を下ろし、やがて家族やコミュニティの中で強固に育っていく。そして知らず知らずのうちに人々を締め付け、さらなる抑圧の枝を伸ばしていく。この静かに、しかし確実に進行する社会の変質を、監督は冷徹な視線で捉えている。

『聖なるイチジクの種』© Films Boutique

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連鎖する支配と抑圧の構造

作品は宗教の二面性を鋭く描き出す。確かに信仰は人々に救いをもたらすこともあるだろう。しかし国家が宗教的教義によって法さえも支配するとき、そこに生まれる抑圧の連鎖は避けられない。本作が映し出すイランの現実では、国家と宗教、そして根深い家父長制が複雑に絡み合い、誰もがその網の目に絡め取られていく。国家の圧力に夫が抗えず、夫の意向に妻が従わざるを得ず、親たちの価値観に子供たちが縛られる―――。この重層的な支配の構造を、作品は冷静な眼差しで見つめ続ける。

『聖なるイチジクの種』© Films Boutique

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加害と被害の境界を溶かす社会

“ヒジャブを身につけていなかった”というだけで捕まり、失われた女性の命がある。暴動の場にいただけで逮捕されたり、暴力に遭った市民がいる。イラン社会の闇を容赦なく映し出す今作。しかし本作の慧眼は、単純な善悪の構図を超えたところにある。逮捕する側の人間もまた、国家とコミュニティに深く根を張ったイデオロギーの犠牲者なのだ。誰もが加害者であり被害者である―――この痛ましい悪循環を、監督は冷徹な目で見据えている。

『聖なるイチジクの種』© Films Boutique

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命を賭した表現者の意志

皮肉にも、この作品が描く抑圧の現実は、映画製作の現場にまで及んでいる。表現の自由を求めた監督自身が、過酷な刑罰を科されたのだ。しかし、そこにこそ本作の本質的な価値がある。国家による価値観の強制に抗い、自由への渇望を映画として昇華させた監督の意志。それは単なる告発や抵抗を超えて、現代イランにおける人間の尊厳と表現の可能性を世界に問いかける。まさに命を賭した表現者の覚悟が、作品に深い説得力を与えている。

『聖なるイチジクの種』© Films Boutique

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『聖なるイチジクの種』は2月14日(金)から日本公開中。

作品情報

タイトル:『聖なるイチジクの種』
原題:The Seeds of the Sacred Fig
監督:モハマド・ラスロフ
出演:ミシャク・ザラ、ソヘイラ・ゴレスターニ、マフサ・ロスタミ、セターレ・マレキ
日本公開:2025年2月14日
2024年|フランス・ドイツ・イラン|167分
©Films Boutique
配給:ギャガ

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