映画『アイダよ、何処へ?』(2020)を紹介&解説。
映画『アイダよ、何処へ?』概要
映画『アイダよ、何処へ?』は、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争末期の1995年7月に発生した「スレブレニツァの虐殺」を、国連平和維持軍の通訳として働く女性の視点から描いた戦争ドラマ。セルビア人勢力が町を制圧し、住民たちが国連基地へ押し寄せる中、主人公アイダは夫と2人の息子を救うため奔走する。ボスニア紛争を生き延びたヤスミラ・ジュバニッチが監督・脚本を務め、ヤスナ・ジュリチッチが主演。第93回アカデミー賞国際長編映画賞にノミネートされた。
作品情報
| 日本版タイトル | 『アイダよ、何処へ?』 |
|---|---|
| 原題 | Quo Vadis, Aida? |
| 製作年 | 2020年 |
| 世界初上映日 | 2020年9月3日(第77回ヴェネチア国際映画祭) |
| 本国初上映日 | 2020年10月10日 |
| 日本公開日 | 2021年9月17日 |
| ジャンル | ドラマ/戦争/歴史 |
| 製作国 | ボスニア・ヘルツェゴビナ/オーストリア/ルーマニア/オランダ/ドイツ/ポーランド/フランス/ノルウェー/トルコ |
| 原作・着想 | ハサン・ヌハノヴィッチ『Under the UN Flag』 |
| 上映時間 | 101分 |
| 映倫区分 | PG12 |
| 監督・脚本 | ヤスミラ・ジュバニッチ |
|---|---|
| 製作 | ダミル・イブラヒモヴィッチ/ヤスミラ・ジュバニッチ |
| 製作総指揮 | マイク・グッドリッジ |
| 撮影 | クリスティーネ・A・マイヤー |
| 編集 | ヤロスワフ・カミンスキ |
| 作曲 | アントニー・コマサ=ワザルキェヴィチ |
| 出演 | ヤスナ・ジュリチッチ/イズディン・バイロヴィッチ/ボリス・レール/ディノ・バイロヴィッチ/ヨハン・ヘルデンベルグ/レイモント・ティリ/ボリス・イサコヴィッチ/エミール・ハジハフィズベゴヴィッチ/エディタ・マロヴチッチ |
| 製作 | デブロカダ/coop99フィルムプロダクション/デジタル・キューブ/N279エンターテインメント/レイザー・フィルム/エクストリーム・エモーションズ/インディ・プロ/トルデンフィルム/TRT |
| 配給 | アルバトロス・フィルム(日本) |
あらすじ
1995年7月、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争末期。国連の安全地帯に指定されていた町スレブレニツァがセルビア人勢力に制圧され、約2万5000人の住民が保護を求めて国連基地へ押し寄せる。
国連平和維持軍の通訳として働くアイダは、セルビア人勢力と国連軍の交渉に立ち会う中で、住民たちの運命を左右する重大な情報を知る。しかし、基地へ収容できる人数には限りがあり、施設の外にはアイダの夫ニハドと2人の息子も取り残されていた。
セルビア人勢力が基地に迫り、国連の対応が行き詰まっていく中、アイダは通訳という立場を利用して家族を救おうとする。
主な登場人物(キャスト)
アイダ・セルマナギッチ(ヤスナ・ジュリチッチ):国連平和維持軍の基地で働くボスニア人通訳。かつては学校教師だった。国連側の情報を知る立場にいる一方、夫と息子たちは避難民の中におり、職務と家族への思いの間で必死に行動する。
ニハド・セルマナギッチ(イズディン・バイロヴィッチ):アイダの夫。元高校校長。息子たちとともに国連基地へ避難し、アイダの助けを受けながら生き延びる道を探す。
ハムディヤ・セルマナギッチ(ボリス・レール):アイダとニハドの長男。家族とともにスレブレニツァから逃れ、国連基地へ向かう。
セヨ・セルマナギッチ(ディノ・バイロヴィッチ):アイダとニハドの次男。混乱する基地内で、迫り来る危険と向き合うことになる。
トム・カレマンス大佐(ヨハン・ヘルデンベルグ):スレブレニツァに駐留するオランダ軍部隊の司令官。セルビア人勢力への対応を迫られるが、上層部から十分な支援を得られず、次第に追い詰められていく。
ロブ・フランケン少佐(レイモント・ティリ):国連基地に勤務するオランダ軍将校。基地へ避難してきた住民の扱いを判断する立場にあり、家族を救おうとするアイダとたびたび対峙する。
ラトコ・ムラディッチ将軍(ボリス・イサコヴィッチ):スルプスカ共和国軍を率いる司令官。スレブレニツァを制圧し、住民の移送を進めながら国連軍と交渉する。
作品の魅力解説
紛争を生き延びた監督が向き合う歴史:ヤスミラ・ジュバニッチ監督は、17歳のときにボスニア紛争が始まり、20歳でスレブレニツァの虐殺を知った当事者世代である。監督自身が語るように、事件が自分たちの身にも起こり得たという恐怖と衝撃は、長く彼女の中に残り続けた。本作は、そうした記憶やトラウマを抱える監督が、長年の調査と生存者への聞き取りを重ねた末に完成させた作品である。
撮影には紛争を経験した人々も参加している。約400人のエキストラの中には、実際に収容所へ拘束されていた元囚人がおり、自らの経験をもとに兵士の命令や収容時の動作をスタッフへ伝えたという。かつて子どもとして紛争を経験した女性エキストラが、兵士を演じる俳優の姿によって過去のトラウマを呼び起こされたこともあった。それほど重い記憶と向き合いながら本作を形にした、監督や出演者たちの勇気と力は計り知れない。
通訳という立場から描かれる戦争の不条理:アイダは国連側の情報を知ることができる一方、その情報によって家族を確実に救えるわけではない。言葉を理解し、危険を察知しながらも、軍の規則や命令、政治的判断を前に身動きが取れなくなっていく。戦闘そのものより、責任の所在が曖昧になり、人命が手続きの中で切り捨てられていく過程を描くことで、本作は戦争に存在する「陳腐な悪」を浮かび上がらせる。
ヤスナ・ジュリチッチの凄まじい気迫:主人公アイダを演じるヤスナ・ジュリチッチは、通訳として冷静さを保とうとする職業人と、夫や息子を救おうとする母親の切迫感を同時に表現する。基地内を絶えず走り回り、交渉し、懇願し、ときに感情を押し殺す姿には圧倒的な気迫が宿っている。彼女の表情や視線が物語の緊張を牽引し、観客はアイダとともに状況の悪化を目撃することになる。
ドキュメンタリーを思わせる臨場感と制御された映像:カメラはアイダの動きを間近から追い、混乱する基地の内部や群衆の間を移動する。その映像は手持ちカメラで撮られたドキュメンタリーのような切迫感を覚えさせるが、ジュバニッチ監督と撮影監督クリスティーネ・A・マイヤーは、一般的な戦争映画に見られる激しく揺れる撮影をあえて避けたという。緻密に設計された画面の中で人々の表情や行動を見つめることにより、作為を前面に出さず、現場に立ち会っているかのような現実感を生み出している。
暴力を見せずに伝える虐殺の恐怖:本作は虐殺を題材としているが、直接的で扇情的な残虐描写には依存しない。画面の外で何が起ころうとしているのかを観客に理解させ、想像させることで、暴力を娯楽的な見世物にすることなく、その恐怖と喪失を伝えている。家族を守ろうとする1人の女性を中心に据えることで、約8000人以上が殺害された事件を、統計ではなく個々の人生の破壊として感じさせる。
Rotten Tomatoesでは批評家スコア100%、Metacriticでは97という極めて高い評価を獲得。第93回アカデミー賞国際長編映画賞へのノミネートに加え、ヨーロッパ映画賞では作品賞、監督賞、女優賞を受賞した。映画としての完成度はもちろん、過去の惨劇を記憶し、同じ過ちを繰り返さないための教訓として、歴史に残されるべき1作である。
ライター/エディター/映画インスタグラマー。2019年に早稲田大学法学部を卒業。東京都職員として国際業務等を経験後、ライター業に転身。各種SNS(Instagram・X)やYouTubeチャンネル「cula 見て聞く映画マガジン(旧:アルテミシネマ)」においても映画や海外ドラマ、音楽といったカルチャーに関する情報レビューを発信している。
