『怪物』(2023)解説|どんな映画?あらすじ・キャスト・魅力・レビューまとめ

映画『怪物』(2023)を紹介&解説。


映画『怪物』概要

映画『怪物』は、『万引き家族』の是枝裕和監督が、坂元裕二(『カルテット』『大豆田とわ子と三人の元夫』『花束みたいな恋をした』)のオリジナル脚本を映像化したヒューマンドラマ。湖のある郊外の町で起きたひとつの騒動を、母親、教師、子どもたちという異なる視点から描き直し、他者を理解することの難しさや、“普通”という価値観が生む痛みを浮かび上がらせる。音楽は坂本龍一が担当し、本作が最後の映画劇伴となった。

出演は安藤サクラ、永山瑛太、黒川想矢、柊木陽太、田中裕子ら。第76回カンヌ国際映画祭では坂元裕二が脚本賞を受賞し、クィアを扱った作品に贈られる独立賞クィア・パルム賞にも輝いた。

作品情報

日本版タイトル 『怪物』
英題 Monster
製作年 2023年
日本公開日 2023年6月2日
ジャンル ドラマ/ミステリー/青春
製作国 日本
原作 無
上映時間 125分
映倫区分 G
監督・編集 是枝裕和
脚本 坂元裕二
製作 市川 南/依田 巽/大多 亮/潮田 一/是枝裕和
製作総指揮 臼井 央
企画・プロデュース 川村元気/山田兼司
プロデューサー 伴瀬 萌/伊藤太一/田口 聖
撮影 近藤龍人
美術 三ツ松けいこ
音楽 坂本龍一
出演 安藤サクラ/永山瑛太/黒川想矢/柊木陽太/高畑充希/角田晃広/中村獅童/田中裕子
製作会社 東宝/フジテレビジョン/ギャガ/AOI Pro./分福
配給 東宝/ギャガ

あらすじ

大きな湖のある郊外の町で、小学5年生の息子・湊を育てるシングルマザーの早織。あるとき、湊が髪を切ったり、片方の靴をなくしたりと不可解な行動を見せるようになる。息子の異変に学校が関係していると考えた早織は、担任教師の保利による暴言や暴力を疑い、学校へ説明を求める。

しかし、学校側の対応は要領を得ず、保利の主張も早織が聞いていた話とは大きく食い違っていた。母親、教師、子どもたち。それぞれが見ていた出来事が少しずつ重なっていく中で、騒動の奥に隠されていた真実が明らかになっていく。

主な登場人物(キャスト)

麦野早織(安藤サクラ):小学5年生の息子・湊をひとりで育てるシングルマザー。息子の異変に気づき、学校で何かが起きていると考えて説明を求める。息子を守ろうとする強い愛情を持つ一方、自身も無意識のうちに社会の価値観や“普通”という固定観念に影響されている。

保利道敏(永山瑛太):湊と依里のクラスを受け持つ小学校教師。早織から暴言や暴力を疑われ、学校やメディアを巻き込んだ騒動の中心人物となる。見る者の立場によって印象が大きく変化していく人物。

麦野湊(黒川想矢):早織の息子で、小学5年生。髪を突然切る、靴をなくすなど、それまでとは異なる行動を見せ始める。周囲に打ち明けられない感情と秘密を抱えており、その内面が物語の核心につながっていく。

星川依里(柊木陽太):湊のクラスメイト。風変わりな言動を理由に同級生からからかわれ、家庭でも厳しい環境に置かれている。湊と次第に親しくなり、ふたりだけが安心して過ごせる場所を共有するようになる。

伏見真木子(田中裕子):湊たちが通う小学校の校長。早織に対して感情の見えにくい定型的な対応を繰り返す一方、自身も人には言えない深い悲しみを抱えている。物語が進むにつれ、その言葉と行動の意味が変化していく。

作品の魅力解説

同じ出来事を覆していく巧みな多視点構成

本作の大きな特徴は、ひとつの出来事を複数の人物の視点から描き直す構成にある。最初は明白に見えた善悪や被害者と加害者の関係が、別の視点へ移るたびに揺らいでいく。先に提示された事実が単純な嘘だったのではなく、限られた情報から見たひとつの現実にすぎなかったことが分かる構造だ。

観客自身も登場人物と同じように、目の前に提示された断片だけで誰かを判断してしまう。坂元裕二の脚本は、その思い込みが崩れていく感覚をミステリーのような面白さとともに描き出している。

「怪物」とは“思い込みという呪い”なのか

教師、母親、子ども、学校、保護者。物語の中では複数の人物が一時的に“怪物”のように見える。しかし、誰かひとりを絶対的な悪として断定できるほど、人間は単純ではない。すべての人物には外から見えない事情があり、善意や恐怖、保身、誤解が複雑に絡み合っている。

本作における“怪物”をあえて言葉にするなら、それは誰か個人ではなく、わずかな断片や噂を真実だと思い込み、他者を決めつけてしまう「思い込みという呪い」なのかもしれない。人は嘘をつくことがあり、目の届かない場所でもそれぞれの人生を生きている。自分が見た相手の一面だけを拡張し、勝手な人物像を作り上げる行為が、悲劇や不条理を生み出していく。

“普通”を押しつける社会への静かな問い

物語には、「男の子は運動を頑張るもの」「花に詳しい男の子は変わっている」といった、性別や生き方に関する固定観念が繰り返し登場する。それらは一見すると日常的な言葉だが、周囲と異なる感情を持つ子どもにとっては、自分自身を否定する呪いになり得る。

多数派が作り上げたイメージを“普通”として子どもへ教え、その基準から外れる者を異常だと判断すること。その危うさを、本作は声高な主張ではなく、子どもたちの繊細な表情や沈黙を通して描いている。

黒川想矢と柊木陽太が体現する子どもたちの世界

物語の中心を担う黒川想矢と柊木陽太の演技も、本作を支える大きな魅力だ。ふたりは言葉だけでは説明できない戸惑い、親密さ、恐れ、孤独を、視線や呼吸、わずかな表情の変化によって表現している。

大人たちが騒動の“真相”を探そうとする一方、子どもたちが本当に求めているものは、もっと素朴で切実なものだった。その世界が見えてきたとき、それまで不穏に映っていた物語は、痛みを抱えた少年たちの瑞々しい成長譚へと姿を変えていく。

是枝裕和、坂元裕二、坂本龍一による映像と音楽

是枝裕和による抑制の利いた演出、近藤龍人による湖や緑を生かした撮影、坂本龍一による静謐な音楽が重なり、重厚な物語に詩的な余韻を与えている。特に音楽は登場人物の感情を過剰に説明せず、言葉にならない痛みや解放感を静かにすくい上げる。

見えているものがすべてではないという普遍的な主題、緻密な脚本、子役を含む俳優陣の演技、美しい撮影と音楽が結びついた、2023年の日本映画を代表する1作である。

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