映画『フィリップ』(2022)を紹介&解説。
映画『フィリップ』概要
映画『フィリップ』は、ポーランドの作家レオポルド・ティルマンドが自身の体験を基に執筆した自伝的小説を、ミハウ・クフィェチンスキ監督が映画化した戦争ドラマ。家族と恋人を失ったポーランド系ユダヤ人青年が、フランス人に身分を偽ってナチス支配下のドイツで暮らし、復讐と新たな恋の間で揺れる姿を描く。主演はエリック・クルム・ジュニア、共演にカロリーネ・ハルティヒ、ヴィクトル・ムトゥレ、ゾーイ・シュトラウプ、サンドラ・ドルジマルスカら。
作品情報
| 日本版タイトル | 『フィリップ』 |
|---|---|
| 原題 | Filip |
| 製作年 | 2022年 |
| 本国公開日 | 2023年3月3日 |
| 日本公開日 | 2024年6月21日 |
| ジャンル | 戦争/ドラマ/恋愛 |
| 製作国 | ポーランド |
| 原作 | レオポルド・ティルマンド『Filip』(小説) |
| 上映時間 | 124分 |
| 映倫区分 | R15+ |
| 監督 | ミハウ・クフィェチンスキ |
|---|---|
| 脚本 | ミハウ・クフィェチンスキ/ミハル・マテキエヴィッチ |
| 製作 | ミハウ・クフィェチンスキ/パトリック・ペリディス |
| 撮影 | ミハル・ソボチンスキ |
| 美術 | カタジーナ・ソバンスカ/マルセル・スラヴィンスキ |
| 編集 | ニコデム・ハビオル |
| 作曲 | ロボット・コック |
| 出演 | エリック・クルム・ジュニア/ヴィクトル・ムトゥレ/カロリーネ・ハルティヒ/ゾーイ・シュトラウプ/サンドラ・ドルジマルスカ/ロベルト・ヴィエツキーヴィッチ |
| 製作会社 | テレヴィジャ・ポルスカ(TVP)/アクソン・スタジオ |
| 配給 | 彩プロ(日本) |
あらすじ
1941年、ワルシャワ・ゲットーで暮らしていたポーランド系ユダヤ人のフィリップは、恋人サラと舞台でダンスを披露しようとしていたところをナチスに襲撃され、家族や恋人を目の前で失う。2年後、フィリップはフランス人に身分を偽り、ドイツ・フランクフルトの高級ホテルでウェイターとして働いていた。ナチス将校の夫を戦地へ送り出した女性たちを誘惑し、独自の方法で復讐を続けるフィリップ。しかし、知的なドイツ人女性リザと出会い、本当の恋に落ちたことで、嘘と復讐によって保たれていた彼の生き方が揺らぎ始める。
主な登場人物(キャスト)
フィリップ(エリック・クルム・ジュニア):家族と恋人をナチスに殺されたポーランド系ユダヤ人青年。フランス人に身分を偽り、フランクフルトの高級ホテルで働きながら、ナチス上流階級の女性たちを誘惑することで復讐を果たそうとする。
リザ(カロリーネ・ハルティヒ):フィリップがプールサイドで出会う知的なドイツ人女性。復讐のために女性たちと関係を結んできたフィリップにとって、本当の感情を呼び覚ます特別な存在となる。
ピエール(ヴィクトル・ムトゥレ):フィリップと同じホテルで働くフランス人ウェイターであり、潜伏生活を支える親友。フィリップと行動を共にし、戦時下でも享楽的に生きようとする。
ブランカ(ゾーイ・シュトラウプ):フィリップが関係を持つドイツ人女性の一人。彼との危険な関係によって、ナチス社会における女性への苛烈な統制に巻き込まれていく。
マレーナ(サンドラ・ドルジマルスカ):フィリップがワルシャワにいた頃から知るポーランド人女性。ドイツ軍将校と共にホテルへ現れ、フィリップの緊張に満ちた潜伏生活へ再び過去を持ち込む。
作品の魅力解説
本作を貫くのは、愛する人々を奪われたフィリップの狂気的な復讐心と、敵国の女性リザに対して芽生える新たな愛という、相いれないように思えるふたつの感情である。彼は生き延びるために正体を偽りながら、その命を守ること自体には執着していない。精神は冒頭からすでに深い闇へ落ちており、姿を見せるたびに“いつでも散れる命の残り香”のような危うい浮遊感が漂う。復讐と恋、生への欲望と死への接近が、パラドックスを抱えたまま突き進んでいく物語だ。
なかでも圧倒的な印象を残すのが、フィリップを演じたエリック・クルム・ジュニアである。この役を演じるために生まれてきたかのようなはまり役で、端正な容姿や鋭い眼差しの奥に、喪失、怒り、虚無、自己破壊的な衝動を同居させている。その演技は若手俳優を顕彰するズビグニェフ・ツィブルスキ賞にも輝いた。特に終盤のクライマックスでは、相次ぐ出来事に振り回されて崩壊した感情が、表情や身体の動き、言葉にならない嗚咽となってあふれ出す。感情のグラフが頂点へ達する瞬間の爆発力は、観客をフィリップの絶望へ強く引き込む。
リザを演じたカロリーネ・ハルティヒも、知性と繊細さを備えた存在感を見せる。エリック・クルム・ジュニアとの端正な組み合わせは、ビジュアル面でも本作の大きな強みだ。一方、その美しさの背後には、ユダヤ人であることを知られれば命を奪われかねない緊張が常につきまとう。流麗に動くカメラ、戦時下のフランクフルトを再現した美術、享楽的な音楽やダンスも、死が身近にあるからこそ生を貪ろうとするフィリップの心理を際立たせている。
終盤に強烈な感情のピークを築きながら、その後は意外なほど淡々と幕を閉じる。余韻を残す抑制された結末と捉えることもできる一方、クライマックスの衝撃を十分に受け止めないまま終わったようにも映り、この着地には良くも悪くも評価が分かれるだろう。それでも、復讐者、恋する青年、死者のように生きる男という複数の顔を抱えたフィリップと、エリック・クルム・ジュニアの壮絶な演技は、容易には忘れがたい印象を残す。
ライター/エディター/映画インスタグラマー。2019年に早稲田大学法学部を卒業。東京都職員として国際業務等を経験後、ライター業に転身。各種SNS(Instagram・X)やYouTubeチャンネル「cula 見て聞く映画マガジン(旧:アルテミシネマ)」においても映画や海外ドラマ、音楽といったカルチャーに関する情報レビューを発信している。
