映画『シンプル・アクシデント/偶然』(2025)を紹介&解説。
映画『シンプル・アクシデント/偶然』概要
映画『シンプル・アクシデント/偶然』は、2025年カンヌ国際映画祭パルムドールを受賞した、ジャファル・パナヒ監督によるイラン発の社会派サスペンス。不当に投獄された過去を持つ男が、偶然出会った人物をかつての看守と疑い、復讐と真実の間で揺れる姿を緊迫感とユーモアで描く。出演はワヒド・モバシェリ、マルヤム・アフシャリ、エブラヒム・アジジ、ハディス・パクバテンら。
作品情報
日本版タイトル:『シンプル・アクシデント/偶然』
原題:Un simple accident
英題:It Was Just an Accident
製作年:2025年
日本公開日:2026年5月8日
ジャンル:スリラー/サスペンス
製作国:フランス/イラン/ルクセンブルク
原作:無
上映時間:103分
監督:ジャファル・パナヒ
脚本:ジャファル・パナヒ
脚本コンサルタント:ナデル・サイヴァル/シャドメール・ラスティン/メフディ・マフムーディアン
製作:ジャファル・パナヒ/フィリップ・マルタン
共同製作:サンドリーヌ・デュマ/クリステル・エノン
アソシエイト・プロデューサー:ダヴィド・ティオン/リリナ・エシュ
撮影:アミン・ジャファリ
編集:アミル・エトミナーン
出演:ワヒド・モバシェリ/マルヤム・アフシャリ/エブラヒム・アジジ/ハディス・パクバテン/マジッド・パナヒ/モハマッド・アリ・エリヤスメール/ジョルジェス・ハシェムザデー/デルマズ・ナジャフィ/アフサネ・ナジュムアバディ
製作:ジャファル・パナヒ・プロダクションズ/レ・フィルム・ペレアス
共同製作:ビディブル・プロダクションズ/ピオ&コー/アルテ・フランス・シネマ
国際セールス:エムケーツー・フィルムズ
配給:メメント(フランス)/セテラ・インターナショナル(日本)
あらすじ
現代のイラン。元政治犯のワヒドは、ある偶然をきっかけに、自分の人生を奪ったかつての看守ではないかと疑う男に出会う。咄嗟に男を拘束し、荒野へ連れ出すが、相手は人違いだと訴える。確信を持てない彼は、同じ苦しみを知る人々を訪ね、復讐と真実の間で揺れていく。
主な登場人物(キャスト)
ヴァヒド(ワヒド・モバシェリ):元政治犯の自動車整備士。ある男をかつて自分を苦しめた看守ではないかと疑い、復讐と真実の間で揺れ動く本作の中心人物。
シヴァ(マルヤム・アフシャリ):過去に国家権力による暴力を受けた女性。ヴァヒドに協力し、男の正体を確かめようとするが、確信を持てないまま葛藤する。
エグバル(エブラヒム・アジジ):ヴァヒドたちが、かつての看守ではないかと疑う男。妻と娘を乗せて車を走らせていた際の事故をきっかけに、思わぬ事態に巻き込まれる。
ゴルロク(ハディス・パクバテン):結婚を控えた女性。過去に同じ人物から苦しめられた可能性があるひとりとして、ヴァヒドたちの行動に関わっていく。
アリ(マジッド・パナヒ):ゴルロクの婚約者。彼女とともに騒動へ巻き込まれ、復讐をめぐる一行の緊張した道行きに加わる。
ハミド(モハマッド・アリ・エリヤスメール):シヴァの元パートナー。男の正体をめぐる判断に強い態度を示し、復讐へ傾く感情を体現する人物。
サラール(ジョルジェス・ハシェムザデー):書店にいる年長の男性。ヴァヒドが男の正体を確かめる過程で訪ねる人物で、過去の傷を共有する者たちをつなぐ存在。
少女(デルマズ・ナジャフィ):エグバルの娘。冒頭の事故とその後の展開に関わる家族のひとり。
エグバルの妻(アフサネ・ナジュムアバディ):エグバルの妻。家族として行動をともにし、物語後半の倫理的な揺らぎにも関わる存在。
主な受賞&ノミネート歴
カンヌ国際映画祭
第78回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品され、パルムドールを受賞。
ニューヨーク映画批評家協会賞(2025)
ジャファル・パナヒが監督賞を受賞。
ナショナル・ボード・オブ・レビュー(2025)
外国語映画賞を受賞。
アカデミー賞(第98回)
国際長編映画賞、脚本賞にノミネート。
ゴールデングローブ賞(第83回)
ドラマ部門作品賞、非英語映画賞、監督賞、脚本賞にノミネート。
英国アカデミー賞(2026年)
非英語作品賞にノミネート。
トロント国際映画祭(第50回)
オフィシャル・セレクションに選出。
『シンプル・アクシデント/偶然』レビューはこちら
更新予定
作品トリビア
パナヒの収監経験から着想された
『シンプル・アクシデント/偶然』の発想は、ジャファル・パナヒ自身の収監経験と、刑務所で出会った政治犯たちの体験談から生まれた。パナヒは、刑務所で拷問者と再会した元囚人がいたらどうなるか、という問いから脚本作業を始めたと語っている。
パナヒにとって、収監後初の長編劇映画
本作は、パナヒが2023年に釈放された後に制作した初の長編劇映画である。彼は2022年7月11日に逮捕され、2023年2月3日にハンガーストライキ後に釈放されたことが、公式プレスノートでも確認できる。
撮影はイラン国内で秘密裏に行われた
本作はイラン国内で撮影されたが、パナヒはイラン文化イスラム指導省に脚本を提出せず、許可を得ないまま秘密裏に制作した。編集者インタビューでも、製作の秘密性と安全上の配慮が語られている。
撮影終了直前に当局の介入があった
BFI/Sight and Soundのインタビューによると、撮影終了予定の2日前に警察が現場へ介入し、素材が押収された。さらに翌日には、複数の参加者が尋問のために呼び出されたという。パナヒは、砂漠や書店のように比較的見つかりにくい場所から撮影を始め、徐々に危険度の高い場所へ移っていったと説明している。
出演女優がヒジャブを着用しない場面もリスクを伴った
BFI/Sight and Soundでは、本作の女優たちがヘッドスカーフなしで登場することにも大きな危険があったとパナヒが語っている。とくにシヴァの衣装やヘッドスカーフを拒む姿勢は、作品内の人物造形だけでなく、撮影そのものの政治的リスクとも結びついている。
編集は極めて限られた環境で行われた
編集を担当したアミル・エトミナーンは、秘密保持のため編集助手を置かず、ひとりで作業した。
エトミナーンにとってパナヒとの6本目の主要プロジェクト
本作は、編集者アミル・エトミナーンにとってパナヒとの6本目の主要な共同作業である。エトミナーンは、パナヒの作品を「現実に対して非常に生々しい」と評し、自身の映画観や語りの感覚に近いことが長年の協働につながっていると語っている。
重い題材ながら、意識的にユーモアを残している
本作は拷問、復讐、国家暴力を扱うが、パナヒは悲劇的な題材をできるだけ軽やかに見せるため、トーンを意識的に引き上げたと語っている。彼はイラン文化について、悲劇的な出来事のあとでもすぐ冗談が生まれるような、皮肉とユーモアの文化だと説明している。
ライター/エディター/映画インスタグラマー。2019年に早稲田大学法学部を卒業。東京都職員として国際業務等を経験後、ライター業に転身。各種SNS(Instagram・X)やYouTubeチャンネル「cula 見て聞く映画マガジン(旧:アルテミシネマ)」においても映画や海外ドラマ、音楽といったカルチャーに関する情報レビューを発信している。
