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【映画レビュー『マルドロール/腐敗』】制度の崩壊が生む絶望と、孤独な闘いが照らす微かな光

『マルドロール/腐敗』より © FRAKAS PRODUCTIONS - THE JOKERS FILMS – ONE EYED – RTBF – FRANCE 2 – 2024 REVIEWS
『マルドロール/腐敗』より © FRAKAS PRODUCTIONS - THE JOKERS FILMS – ONE EYED – RTBF – FRANCE 2 – 2024

最新映画『マルドロール/腐敗』を紹介&レビュー。


11月28日(金)公開となった『マルドロール/腐敗』は、実在の少女誘拐事件を下敷きに、1995年のベルギーを舞台に警察と司法の機能不全へと鋭く切り込む犯罪スリラーだ。少女失踪事件の捜査で極秘作戦「マルドロール」に加わった憲兵隊のポールが、危険な性犯罪者を追ううちに次第に執念に囚われていく姿を描く。主演はベルリン国際映画祭で銀熊賞を受賞したアントニー・バジョンアルバ・ガイア・ベルジセルジ・ロペスらが脇を固める。

『マルドロール/腐敗』あらすじ

1995年、ベルギーで少女ふたりが失踪する事件が発生。憲兵隊の若きポールは捜査班に招集され、性犯罪者を監視する極秘作戦「マルドロール」へと配属される。容疑者とその周辺を張り込む日々が続くなか、やがて彼は制度の限界に直面し、危険な単独行動へと追い込まれていく。

『マルドロール/腐敗』より © FRAKAS PRODUCTIONS - THE JOKERS FILMS – ONE EYED – RTBF – FRANCE 2 – 2024

『マルドロール/腐敗』より © FRAKAS PRODUCTIONS – THE JOKERS FILMS – ONE EYED – RTBF – FRANCE 2 – 2024

90年代ベルギーの機能不全を再現

舞台となる90年代のベルギーは、「憲兵隊(軍隊由来の全国組織)」「地方警察」「司法警察」という三つの組織が並立していた最後の時代だった(※)。組織間の縦割り意識、縄張り争い、情報共有の欠如——これらは架空の設定ではなく、実際に重大事件で露呈した現実である。市民の間では警察・司法への信頼が急速に失われ、「この国の治安システムは本当に機能しているのか」という疑念が膨らんでいた。そこへ権力内部の腐敗まで加われば、もはや制度は完全に機能不全に陥る。国家として治安を維持することすらままならなかった時代——そんなベルギーの集団的トラウマを、本作はまざまざと浮かび上がらせる。

『マルドロール/腐敗』より © FRAKAS PRODUCTIONS - THE JOKERS FILMS – ONE EYED – RTBF – FRANCE 2 – 2024

『マルドロール/腐敗』より © FRAKAS PRODUCTIONS – THE JOKERS FILMS – ONE EYED – RTBF – FRANCE 2 – 2024

実話をベースにしつつも自由な脚本を手がけたとのことで、本作のすべてが史実に忠実というわけではない。しかし、丹念に再現された当時の市街に漂う鬱屈とした空気感、そして捜査手続きがなかなか前に進まないあの重苦しさは、紛れもなく“本物”だ。ある時代を切り取った一作として、本作は非常に秀逸な仕上がりを見せている。

※1998年の法整備と2001年の改革により、憲兵隊と旧来の警察組織は「統合警察」へと統合されることになった。

孤立した正義の闘いが描く、絶望と希望

幼い命が危険に晒されているというのに、保身や私利私欲に走る権力者たち。そんな中で正義感を燃やす憲兵の主人公ポールは奮闘するものの、少人数でできることには限りがあり、捜査は思うように進まない。このような状況下で何が正解なのか——おそらく正解など存在しないのだろうが、制度そのものが腐敗しているとなれば、誰かが勇気を持ってグレーゾーンに踏み込むしかない。本作はそんな過酷な現実を突きつけてくる。

『マルドロール/腐敗』より © FRAKAS PRODUCTIONS - THE JOKERS FILMS – ONE EYED – RTBF – FRANCE 2 – 2024

『マルドロール/腐敗』より © FRAKAS PRODUCTIONS – THE JOKERS FILMS – ONE EYED – RTBF – FRANCE 2 – 2024

誰も信じられない環境の中、家族を抱えながら事件解決に奔走する——それだけで十分にスリリングだ。ほぼ孤立無援で闘う主人公とともに、観客は思わず手に汗を握ることになる。腐りきった国家において正義がいかに無力であるかという絶望。しかし同時に、その無力な正義を貫こうとする行為が、確かに一定の変化を生み出すという希望。本作は、この相反する二つの真実を見事に描き切っている。

長尺155分の是非

正直なところ、155分という上映時間が本当に必要だったのかは疑問が残る。観ていてやや冗長に感じる部分があり、テンポの悪さも気になった。もう少し刈り込めたのではないか——そんな思いが頭をよぎったのも事実だ。

『マルドロール/腐敗』より © FRAKAS PRODUCTIONS - THE JOKERS FILMS – ONE EYED – RTBF – FRANCE 2 – 2024

『マルドロール/腐敗』より © FRAKAS PRODUCTIONS – THE JOKERS FILMS – ONE EYED – RTBF – FRANCE 2 – 2024

ただし、この冗長さには別の見方もできる。「なかなか捜査が進まない」というストレスフルな手続きの重さを、観客が無意識のうちに追体験することになるという点。そして主人公の家族背景を丁寧に描き込むことで、キャラクターに立体感を与え、より深い感情移入を可能にしているという点。こうした効果を考えれば、この長尺には十分な意味があるとも言えるだろう。

この“疲れる長さ”をどう受け止めるか——おそらく観客の間でも賛否は分かれるのではないか。

『マルドロール/腐敗』より © FRAKAS PRODUCTIONS - THE JOKERS FILMS – ONE EYED – RTBF – FRANCE 2 – 2024

『マルドロール/腐敗』より © FRAKAS PRODUCTIONS – THE JOKERS FILMS – ONE EYED – RTBF – FRANCE 2 – 2024

赤を基調とした色彩設計、そして70年代のスリラー映画を彷彿とさせるざらついた質感の映像——これらは2024年製作の作品とは到底思えない仕上がりだ。こうした映像的アプローチが、現代の創作ではなく当時の出来事を描いているのだという空気感の醸成に大きく寄与している。

90年代ベルギーの鬱屈とした社会状況、そして実際に起きた凄惨な事件に立ち向かった憲兵のスリルを体験できる『マルドロール/腐敗』。本作は11月28日(金)より公開中だ。

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