日本でもNENEの楽曲が話題に―2パックからドレイクまで、ヒップホップにおける“ビーフ(BEEF)”文化を読み解く

「ビーフ」って何? MUSIC/ARTISTS
「ビーフ」って何?

NENEが2025年6月に発表した新曲「オワリ」の中で、“電話しろよ ちゃんみな”というリリックが注目を集めている。ほかにもSKY-HIの名も連ね、意味深なメッセージを込めた内容に、SNSでは「ビーフ(BEEF)の始まりか?」という声が飛び交った。

ただし現時点では、ちゃんみな側から正面を切ったアンサーはなく、いわば“宣戦布告”の段階にとどまっている(※)。
それでもこの出来事は注目を集め、普段日本であまり語られることのない「ヒップホップにおける“ビーフ”文化」への関心が、いま少しずつ広がりつつあるように見える。

では、そもそも“ビーフ”とは何なのか? なぜヒップホップの世界では、あえてアーティスト同士が公に衝突し、音楽を通して互いを批判し合うのか?本記事ではその語源と意味、そして洋楽史に刻まれた伝説的な“ビーフ合戦”をひもときながら、その文化的背景に迫っていく。

※6月25日(水)、SKY-HI公式チャンネルから「0623FreeStyle」とのオーディオ動画がアップロードされ、「オワリ」へのアンサーが為されている。(6月25日更新)

ビーフとは何か?―語源と意味

ビーフ(beef)”は1880年代のアメリカで「不平・口論」を表すスラングとして使われ始め、その後「恨みや衝突」を意味する名詞として定着した。ヒップホップ文化においては特に、アーティスト同士の「対立・応酬」を指す言葉として定着している。(なお、「軍隊や刑務所で配給肉に対する不満が語源」とする説もあるが、これは定かではない。)

ヒップホップにおいて“ビーフ”が重要なのは、単なる喧嘩ではなく「ラップ」という表現手段を通じて相手を挑発し、応酬する構造にある。これは、実力・人間性・過去の行動までをライムの中で暴き合い、“真の強者”を示す儀式のようなものだ。

たとえば、相手を名指ししないサブリミナルな攻撃もあれば、楽曲で明確に相手の名前を出して“ディスる”直接的な挑発もある。こうした表現は「ディストラック」などと呼ばれ、ビーフの主要な手段となっている。

ヒップホップでは、自分自身の信念や立場を音楽で主張する“本物=realness”が重視される。ビーフは、そのリアルさを証明する場であり、同時にファンにとってもスリリングな“ドラマ”として消費されるコンテンツなのだ。

【動画】NENE「オワリ」ミュージック・ビデオ

伝説のビーフ①:2パック vs ノトーリアス・B.I.G.

1990年代のアメリカ東西ヒップホップ界を揺るがせた2パック(2Pac)と“ビギー・スモールズ”ことノトーリアス・B.I.G.(The Notorious B.I.G.)の対立は、“ビーフ”という言葉を語る上で避けて通れない存在だ。

このビーフの発端は、1994年に2パックがニューヨークのレコーディングスタジオで銃撃された事件にある。2パックはこの襲撃の背後にビギーや彼の所属するBad Boy Recordsの関与があったと信じ、以降彼らを公然と非難するようになる。
実際には確かな証拠はなく、ビギー側は関与を否定していたが、2パックはラップでその疑惑を叩きつけ、敵対の火種は一気に燃え上がった。

2パックは1996年、攻撃的なディストラック「Hit ’Em Up」をリリース。冒頭から「俺はお前の女を寝取った」と歌い出すこの曲は、ラップ史上でも屈指の過激な一曲として知られており、ビギー、パフ・ダディモブ・ディープらを名指しで激しく罵倒した。

【動画】2パック「Hit ’Em Up」

対するビギー(ノトーリアス・B.I.G.)は直接的なアンサーは避けつつも、「Who Shot Ya?」などの楽曲が世間からは応戦とも取れる表現だとされた。当時、彼はインタビューなどで2パックのディストラックには触れず、周囲にも応戦しないよう求めていたと証言されている。「Who Shot Ya?」についても、事件の前に録音された楽曲であると主張していた。

【動画】ノトーリアス・B.I.G.「Who Shot Ya?」

このビーフは音楽シーンだけにとどまらず、東西海岸のヒップホップシーン全体を巻き込んだ社会現象へと発展していく。レーベル、ファン、メディアまでが二極化し、実際の暴力沙汰や銃撃事件も相次いだ。

そして悲劇的なことに、2パックは1996年9月にラスベガスで銃撃され死亡。続いて1997年3月にはノトーリアス・B.I.G.もロサンゼルスで射殺された。両者の死の真相は現在も完全には解明されていないが、少なくともこの“ビーフ”が命を落とす結果につながったと見る向きも多い。

この一連の事件は、「ラップ・ビーフが現実の暴力に発展した」最も象徴的な例として語り継がれている。そして同時に、ヒップホップにおける表現と現実の危うい境界線、メディアが煽る構造、そして“本物であること”の代償を突きつける象徴ともなった。

伝説のビーフ②:ナズ vs ジェイ・Z

2000年代初頭、ニューヨークのラップシーンを代表するふたりの実力者――ナズ(Nas)ジェイ・Z(Jay-Z)によるビーフは、暴力的な事件を伴わない“言葉の戦争”として、今なお高い評価を受けている。

対立が公になったのは2001年。ジェイ・Zがアルバム『The Blueprint』収録の楽曲「Takeover」で、ナズを名指しで痛烈に批判したのが発端だった。「お前のキャリアは死んでる」「お前のアルバムはひとつを除いて全部クソだ」といったラインで挑発したジェイ・Zは、自らの勢いと優位性を強くアピールした。

【動画】ジェイ・Z「Takeover」

これに対してナズが放ったカウンターが、後に“伝説のディストラック”と呼ばれることになる「Ether」だ。2001年のアルバム『Stillmatic』に収録されたこの曲は、ジェイ・Zの見た目、過去、ビジネス手法に至るまでを皮肉と怒りを込めて叩き切る内容で、ヒップホップファンの間では一時「Etherされた(=言葉で完膚なきまでに叩きのめされた)」という表現が広まるほどの衝撃をもたらした。

【動画】ナズ「Ether」

このバトルは、暴力に発展することはなかったものの、ニューヨークのシーンを二分する大論争となり、音楽メディアやラジオでも連日取り上げられた。どちらが勝ったのかは今でも議論の的だが、多くのファンや評論家は「ヒップホップの“表現”としてのビーフ」の完成形と評している。

その後、2005年にはふたりが電撃的に和解。ジェイ・Zが主催するライブイベントでナズがサプライズ登場し、観客の前でがっちりと握手を交わした。その瞬間は“ヒップホップの歴史を変えた夜”として語り継がれている。

このナズ vs ジェイ・Zのビーフは、互いのキャリアを押し上げたと同時に、「ラップバトルは音楽であり文化的対話である」という原点を示す好例でもある。

現代のビーフ代表:ドレイク vs ケンドリック・ラマー

2020年代のヒップホップにおける最大のビーフといえば、ドレイク(Drake)ケンドリック・ラマー(Kendrick Lamar)による応酬だろう。キャリア、人気、実力のすべてを兼ね備えたトップアーティスト同士によるこの対立は、SNS時代における“公開バトル”の象徴となった。

もともと両者の関係には緊張があった。2013年、ケンドリックがビッグ・ショーンの楽曲「Control」にて、「ドレイク、J.コールら全員を叩き潰す」と名指しで挑発。以降、微妙な距離を保ちながらも、互いの作品やライブで“サブリミナル”な攻撃を仕掛け合う状態が続いていた。

【動画】ビッグ・ショーン「Control」

火が再びついたのは2024年3月。ケンドリックがフューチャー&メトロ・ブーミンの楽曲「Like That」に参加し、ドレイクとJ.コールを名指しで批判。その後、両者は短期間に次々とディストラックを投下し、歴史的なラップ合戦が繰り広げられた。

ドレイク「Push Ups」「Family Matters」「The Heart Part 6」

ケンドリック「Euphoria」「6:16 in LA」「Not Like Us」

なかでも「Not Like Us」は、ケンドリックが地元ロサンゼルスで絶対的な支持を得た決定的な一曲で、Spotifyのデイリーチャートで1位を獲得。MVもリリースされ、SNSやリアクション動画での拡散が止まらない一大ムーブメントとなった。

【動画】ケンドリック・ラマー「Not Like Us」

対するドレイクは、これらの楽曲に反論するだけでなく、著作権侵害などを理由にユニバーサル・ミュージック・グループ(UMG)を提訴するなど、法的措置にも踏み出した。この“音楽 × 訴訟 × SNS”という三重構造は、現代ヒップホップにおけるビーフの複雑さを象徴している。

この対立において、誰が“勝った”のかは明言しがたい。ただしケンドリックのリリックがラジカルでありながら地元密着型だったこと、またドレイクのビジネス的防御がやや過剰に映ったことから、世論としてはケンドリック優勢と見る声も多い。

ここまでの規模でビーフが展開され、世界中のリスナーを巻き込んだのは、おそらくこのふたりが“時代そのもの”を代表するラッパーだからだろう。音楽の完成度だけでなく、文化的メッセージ、ファンコミュニティ、そしてSNS空間を含めた「総力戦」は、今後のビーフの新しいモデルケースとなった。

なぜビーフは生まれるのか?

ヒップホップにおける“ビーフ”は、単なる喧嘩ではない。ではなぜ、これほどまでに対立が音楽の一部として組み込まれてきたのだろうか。

その根底にあるのは、ヒップホップが「自己表現」と「リアルさ」を重んじるカルチャーであることだ。ラッパーたちは、自分の人生や価値観、立場をリリックに込め、世界に向かって発信する。その過程で、他者のスタイルや言動に異議を唱えることもまた、“表現の自由”のひとつとして認められている。

もうひとつの背景は、「競争の文化」だ。ヒップホップはバトル文化に根ざしており、MC同士がステージ上でスキルを競い合う構造が古くから存在する。ビーフは、その競争がよりパーソナルで物語性を帯びた形で展開される現象でもある。

加えて現代では、SNSとストリーミングの登場により、ビーフが“コンテンツ化”する傾向も強まっている。誰が誰をディスしたのか、誰が先に答えたのか、誰のトラックがバズったのか――そうしたプロセス自体がニュースやエンタメとして消費され、ファンを巻き込みながら拡散していく。

つまり、ビーフとは“争い”であると同時に、“物語”であり“戦略”でもあるのだ。

ビーフは「戦い」か、それとも「対話」か

ヒップホップにおけるビーフは、しばしば「誰が勝ったか」という結果で語られがちだ。しかし、その本質はもっと深いところにある。
アーティストが自身の信念や経験をラップで表現し、時に他者と衝突しながら、それでも音楽という枠の中で語り合おうとすること――それこそが、ビーフという現象の持つ文化的意義だ。

もちろん、2パックとノトーリアス B.I.G.のように命が失われる悲劇もあった。だが、ナズとジェイ・Zのように、言葉を交わし、和解し、歴史を塗り替えたビーフも存在する。

いま日本のシーンでも、その扉が少しずつ開こうとしている。ビーフとは単なる攻撃ではなく、ラッパー同士の対話であり、観る者・聴く者が音楽を通じて何かを問い直すきっかけにもなりうるのだ。

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