【グラミー賞2025】シンシア・エリヴォ、スティーヴィー・ワンダーら、故クインシー・ジョーンズを追悼-マイケル・ジャクソン楽曲含む名曲メドレーに歓声[動画あり]

シンシア・エリヴォ(左)、スティーヴィー・ワンダー(右上)、ジャネール・モネイ(右下) NEWS
シンシア・エリヴォ(左)、スティーヴィー・ワンダー(右上)、ジャネール・モネイ(右下)

クインシー・ジョーンズ追悼特集でグラミー賞が届けた伝説の数々-シンシア・エリヴォら豪華アーティストが名曲の数々を披露

音楽界に多大な影響を残し、11月4日に他界したレジェンド・プロデューサー、クインシー・ジョーンズを追悼する特別なステージがグラミー賞で実現した。シンシア・エリヴォやウィル・スミスをはじめとする豪華アーティストたちが集結し、ジャズからポップスまで、ジョーンズが手がけた数々の名曲をメドレーで披露。特にスティーヴィー・ワンダーによる「We Are the World」では、会場全体が歌声で包まれる感動的な場面も見られた。

業界の垣根を超えて愛された”Q”-ウィル・スミスが語る特別な絆

追悼ステージの幕開けは、ジョーンズが製作総指揮を務めたテレビドラマ『フレッシュ・プリンス・オブ・ベルエア(原題)』での盟友、ウィル・スミスによる紹介から始まった。スミスは友人たちから”Q”の愛称で親しまれたジョーンズについて「我々の時代において最も影響力があり、革新的な存在のひとりである」と称えた。「クインシー・ジョーンズがいなければ、ウィル・スミスという存在を皆さんが知ることもなかったかもしれない」という言葉からは、亡き友への深い感謝の念が伝わってきた。

ジャズからポップスまで-豪華アーティストが紡ぐ音楽の軌跡

追悼パフォーマンスは、ジョーンズが初期から情熱を注いだジャズからスタート。シンシア・エリヴォがハービー・ハンコックのピアノ伴奏でフランク・シナトラの「Fly Me to the Moon」をしっとりと歌い上げた後、ブラスセクションが加わり、会場は一気に華やかな雰囲気に包まれた。続いてレイニー・ウィルソンとジェイコブ・コリアーが「Let the Good Times Roll」でステージに活気を与えた。

その後、スティーヴィー・ワンダーがハンコックとの「Bluesette」での共演を経て、アフリカの飢餓救済のために制作された「We Are the World」を披露。「クインシーはいつも助けを惜しまなかったんだよ。このアンセムをプロデュースした時も、エチオピアで何百万人もの人々に食料を届けることができたんだ」というワンダーの言葉に、会場は深い感動に包まれた。テイラー・スウィフトやビヨンセをはじめとする観客全員が立ち上がり、この歴史的な名曲を共に歌った。

若きウィル・スミスへの薫陶-心に刻まれた人生の教訓

ステージに戻ったスミスは、20代前半で『フレッシュ・プリンス・オブ・ベルエア(原題)』に出演していた頃の思い出を語った。「メンター、友人、父親的存在」であったジョーンズは、セットの食事の質が低いことを見過ごさなかった。「『これらの人々の面倒を見るのが君の仕事なんだ』。それ以来、僕はキャリアのすべてにおいて、クインシーの要求に応えられるよう努力してきたよ」というスミスの言葉からは、ジョーンズから受け継いだ人としての在り方が垣間見えた。

感動のフィナーレを飾った伝説の名曲-80年代の輝きを再現

追悼ステージのクライマックスでは、ジャネール・モネイがマイケル・ジャクソンの「Don’t Stop Till You Get Enough」を圧巻のパフォーマンスで披露。80年代を象徴するムーンウォークや、キラキラと輝く銀色のソックスまで完璧に再現し、ジャクソンとジョーンズが築き上げた黄金時代への敬意を表した。モネイはシャツのボタンを外し、「I♡QJ」と書かれたタンクトップを見せるサプライズで会場を沸かせた。

28個のグラミー賞、史上最多となる80のノミネート、1991年のレジェンド賞、1995年のアカデミー賞ジーン・ハーショルト人道賞、そして2024年11月の名誉アカデミー賞。数々の偉業を成し遂げたジョーンズだが、彼の最大の功績は、音楽を通じて人々の心を繋ぎ、社会に変革をもたらしたことかもしれない。この夜のトリビュートステージは、そんな彼の精神が、今なお音楽界に脈々と受け継がれていることを示す、まさに生きた証となった。

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