映画『モスル~あるSWAT部隊の戦い~』(2019)を紹介&解説。
映画『モスル~あるSWAT部隊の戦い~』概要
映画『モスル~あるSWAT部隊の戦い~』は、ISに占領されたイラク第2の都市モスルを奪還するため、独自のゲリラ戦を続けた実在のニネベSWAT部隊に着想を得た戦争アクション。『ザ・ニューヨーカー』に掲載されたルーク・モーゲルソンの取材記事をもとに、新人警察官カーワが部隊へ加わり、過酷な市街戦を通して変わっていく姿を描く。『アベンジャーズ/エンドゲーム』のアンソニー・ルッソ、ジョー・ルッソ兄弟が製作し、『ワールド・ウォーZ』『21ブリッジ』の脚本家マシュー・マイケル・カーナハンが長編監督デビューを果たした。
作品情報
| 日本版タイトル | 『モスル~あるSWAT部隊の戦い~』 |
|---|---|
| 原題 | Mosul |
| 製作年 | 2019年 |
| 本国公開日 | 2020年11月26日(Netflix配信) |
| 日本公開日 | 2021年11月19日 |
| ジャンル | 戦争/ミリタリー/アクション/ドラマ |
| 製作国 | アメリカ |
| 原案 | ルーク・モーゲルソン「The Desperate Battle to Destroy ISIS」(『ザ・ニューヨーカー』掲載記事) |
| 上映時間 | 102分 |
| 監督・脚本 | マシュー・マイケル・カーナハン |
|---|---|
| 製作 | アンソニー・ルッソ/ジョー・ルッソ/マイク・ラロッカ/ジェレミー・ステックラー/ドーン・オストロフ |
| 製作総指揮 | ワン・チョンジュン/ワン・チョンレイ/フー・ジュンイー/パトリック・ニュウォール/トッド・マクラス/クリストファー・マルクス/スティーヴン・マクフィーリー/モハメド・アルダラジー |
| 撮影 | マウロ・フィオーレ |
| 美術 | フィリップ・アイビー |
| 衣装 | メアリー・E・マクロード |
| 編集 | アレックス・ロドリゲス |
| 作曲 | ヘンリー・ジャックマン |
| 出演 | スヘール・ダッバーシ/アダム・ベッサ/イスハーク・エリヤス/クタイバ・アブデル=ハック/アフマド・ガーネム/ムハイメン・マハブーバ/ワリード・エル=ガーシィ |
| 製作 | AGBO/コンデナスト・エンターテインメント/イメージ・ネイション・アブダビ |
| 配給 | Netflix/ポニーキャニオン(日本) |
あらすじ
長引く戦闘によって荒廃したイラク第2の都市モスル。21歳の新人警察官カーワは、叔父とともにISの戦闘員と交戦し、叔父を殺害されるが、そこでジャーセム少佐率いるニネベSWAT部隊に救出される。
身内をISに殺された者だけが入隊を許される部隊へ加わったカーワは、そのまま正規軍の支援も受けられない危険な任務へ同行する。ジャーセムたちは本部からの命令に背き、カーワにも目的を明かさないまま、破壊された市街地を進んでいた。
絶え間ない銃撃や爆撃によって仲間を失いながらも、部隊はISが支配する区域の奥へ向かう。やがてカーワは、男たちを戦わせ続けている喪失と、彼らが命を懸けて遂行しようとしている任務の真意を知ることになる。
主な登場人物(キャスト)
ジャーセム少佐(スヘール・ダッバーシ):ニネベSWAT部隊を率いる指揮官。冷静な判断力と強い統率力を備え、正規の命令系統から外れながらも、故郷モスルを取り戻すために戦い続けている。戦場では厳格だが、部下や市民に向ける父親のような優しさも残している。
カーワ(アダム・ベッサ):警察官になって間もない21歳の青年。ISとの銃撃戦で叔父を失い、ジャーセムに誘われてSWAT部隊へ加わる。部隊の目的も分からないまま戦場を進み、短い時間の中で喪失と暴力に直面していく。
ワリード(イスハーク・エリヤス):ジャーセムの右腕として部隊を支える経験豊富な隊員。敵に対して激しい怒りを抱き、時にはカーワとも衝突するが、その行動の奥には家族への深い思いがある。
カマール(クタイバ・アブデル=ハック):ニネベSWAT部隊の隊員。仲間と軽口を交わす人間らしさを残しながら、いつ命を失ってもおかしくない市街戦を進んでいく。
シーナーン(アフマド・ガーネム):カーワとともに戦う若い隊員。戦闘経験を積んだ部隊の中にありながら、その表情には戦争によって奪われた若者らしさがのぞく。
アミール(ムハイメン・マハブーバ):家族をISの支配地域に残しているSWAT隊員。部隊が秘める使命と深く結びついた事情を抱えながら、仲間とともに危険な任務へ向かう。
作品の魅力解説
西側の英雄を置かず、イラク人の視点で描くモスル奪還戦
本作の大きな特徴は、中東での戦闘を描くハリウッド映画でありながら、アメリカ軍や欧米人を物語の中心に置いていないことにある。全編の大部分がイラク方言のアラビア語で進み、ISに故郷と家族を奪われた現地の警察官たちの視点から戦場が描かれる。
題材となったニネベSWAT部隊は、隊員の多くがISによって家族や身近な人々を奪われながら、モスルで戦闘を続けた実在の部隊である。本作は史実をそのまま再現するドキュメンタリーではないが、土地を知る者たちが自らの街を奪還しようとする戦いを通して、外部の軍隊による作戦とは異なる切実さを浮かび上がらせている。
慈愛と攻撃性が同居する、単純化されない人間像
登場人物たちは、正義感にあふれた英雄や、復讐だけに突き動かされる戦闘員として単純化されていない。怒りに支配されたように見える人物からも、家族を思う悲しみや子どもに向ける慈愛がのぞく。一方で、良心や仲間への思いやりに従って行動していた人物が、戦闘の中で激しい暴力性や野蛮な本能をさらけ出すこともある。
良心と攻撃性は別々の人物に振り分けられているのではなく、同じ人間の中に共存している。怒りと喪失が繰り返されるうちに、それまで守ってきた信念や倫理が少しずつ崩れ、人間の攻撃性が表面へ押し出されていく。その危うい変化を描くことで、本作は隊員たちを一方的に英雄視することなく、それでも戦わざるを得なかった人間として見つめている。
戦闘の規模よりも、視線と感情の波を追い続ける
銃撃戦、狙撃、爆撃、ドローン攻撃など、現代の市街戦を構成する要素は数多く登場する。しかし、本作の関心は派手な作戦の成功や敵を倒す爽快感だけには向けられていない。廃墟へ入る直前に周囲を確認する視線、倒れた仲間を前に言葉を失う表情、怒りが次の暴力へ変わる瞬間など、戦闘の合間に生じる感情の動きが丹念に捉えられている。
隊員たちは何度も戦闘態勢と日常的な会話の間を行き来する。冗談を言い、煙草を吸い、食事を分け合っていた直後に仲間が命を失う。その急激な感情の落差が積み重なることで、戦場が人間の精神を摩耗させ、平時の価値観を維持することを困難にしていく過程が伝わってくる。
カーワの表情を通して描かれる、戦場への適応と倫理の崩壊
物語の案内役となるカーワは、警察官になって間もない状態で歴戦のSWAT部隊へ加わる。序盤の彼は、部隊の判断や容赦のない行動に戸惑い、何が正しいのかを理解できない。しかし、目の前で喪失を重ねるうちに、その視線や銃の扱い方、敵に対する反応は少しずつ変わっていく。
この変化は、一般的な戦争映画における勇敢な兵士への成長とは言い切れない。戦場で生き残る能力を身につける一方、カーワがもともと持っていた倫理や抑制も削られていくからだ。成長と変質、適応と崩壊を区別できないまま進んでいく姿が、戦争によって人間が作り替えられる恐ろしさを体現している。
廃墟の市街地に放り込む、現実的な戦闘演出
撮影を担当したのは、『アバター』でアカデミー撮影賞を受賞したマウロ・フィオーレ。崩壊した建物の内部、見通しの悪い路地、瓦礫に覆われた道路などを活用し、どこから攻撃されるか分からない市街戦の恐怖を作り出している。
カメラは部隊とともに狭い空間を移動し、戦場全体を分かりやすく俯瞰させない。敵の位置や次の危険を把握できない状態が保たれるため、観客もカーワと同じ限定された視界で戦闘に巻き込まれる。戦争アクションとしての緊迫感を備えながら、暴力を娯楽的な見せ場だけに変えない演出が、作品のドラマ性を支えている。
ライター/エディター/映画インスタグラマー。2019年に早稲田大学法学部を卒業。東京都職員として国際業務等を経験後、ライター業に転身。各種SNS(Instagram・X)やYouTubeチャンネル「cula 見て聞く映画マガジン(旧:アルテミシネマ)」においても映画や海外ドラマ、音楽といったカルチャーに関する情報レビューを発信している。
