映画『ツリー・オブ・ライフ』(2011)を紹介&解説。
映画『ツリー・オブ・ライフ』概要
映画『ツリー・オブ・ライフ』は、テレンス・マリック監督(『シン・レッド・ライン』『ニュー・ワールド』)が、1950年代のアメリカで暮らす一家の記憶を軸に、家族、喪失、信仰、生命の起源までを描く壮大なドラマ。厳格な父と慈愛に満ちた母の間で育った少年ジャックの人生から、宇宙や生命の歴史へと視野を広げていく。主演はブラッド・ピット、共演にショーン・ペン、ジェシカ・チャステイン、ハンター・マクラッケンら。第64回カンヌ国際映画祭パルムドール受賞作。
作品情報
| 日本版タイトル | 『ツリー・オブ・ライフ』 |
|---|---|
| 原題 | The Tree of Life |
| 製作年 | 2011年 |
| 本国公開日 | 2011年5月27日 |
| 日本公開日 | 2011年8月12日 |
| ジャンル | ドラマ/ファンタジー |
| 製作国 | アメリカ |
| 原作 | 無 |
| 上映時間 | 138分 |
| 監督・脚本 | テレンス・マリック |
|---|---|
| 製作 | サラ・グリーン/ビル・ポーラッド/ブラッド・ピット/デデ・ガードナー/グラント・ヒル |
| 製作総指揮 | ドナルド・ローゼンフェルド/スティーヴ・シュワルツ/ポーラ・メイ・シュワルツ |
| 撮影 | エマニュエル・ルベツキ |
| 編集 | ハンク・コーウィン/ジェイ・ラビノウィッツ/ダニエル・レゼンデ/ビリー・ウェバー/マーク・ヨシカワ |
| 作曲 | アレクサンドル・デスプラ |
| 出演 | ブラッド・ピット/ショーン・ペン/ジェシカ・チャステイン/ハンター・マクラッケン/ララミー・エップラー/タイ・シェリダン/フィオナ・ショウ |
| 製作 | River Road Entertainment |
| 配給 | フォックス・サーチライト・ピクチャーズ(米国)/ディズニー(日本) |
あらすじ
1950年代のアメリカ。少年ジャックは、厳格で成功を重んじる父と、愛情深く慈悲を重んじる母の間で、2人の弟とともに育っていく。やがて弟R.L.が19歳で亡くなり、大人になったジャックはその喪失を抱えながら、家族との記憶、自らの人生、信仰、そして生命の存在そのものへと思いを巡らせていく。
主な登場人物(キャスト)
オブライエン氏(ブラッド・ピット):ジャックたち三兄弟の父親。家族を愛しながらも、自身の過去の挫折から社会を生き抜く力と成功を強く求めており、息子たちを厳格に育てる。特に長男ジャックとは愛情と反発が入り混じった複雑な父子関係を築く。
オブライエン夫人(ジェシカ・チャステイン):ジャックたちの母親。厳格で競争や成功を重んじる夫とは対照的に、愛情や慈悲を大切にする「恩寵」を体現する存在。三兄弟を優しく見守る一方、R.L.を19歳で失い、深い悲嘆と向き合う。
ジャック/成人期(ショーン・ペン):オブライエン家の長男。大人になって社会的な成功を収めながらも心に空虚さを抱え、少年時代や家族の記憶をたどっていく。
ジャック/少年期(ハンター・マクラッケン):父への反発と母への愛情の間で揺れ動くオブライエン家の長男。成長するにつれて世界の不条理や自身の内側にある葛藤と向き合っていく。
R.L.(ララミー・エップラー):穏やかで優しいオブライエン家の三兄弟の次男で、ジャックの弟。19歳で亡くなり、その喪失は成人したジャックの記憶や人生観に大きな影響を残している。
スティーヴ(タイ・シェリダン):オブライエン家の三兄弟の末っ子。兄のジャック、R.L.とともに1950年代のテキサスで育ち、遊びや日常生活を通して三兄弟の少年時代を形作る。
作品の魅力解説・レビュー
圧倒的な映像美が、自然から宇宙、そして神へと思考を導く
『ツリー・オブ・ライフ』において観る者をまず圧倒するのは、エマニュエル・ルベツキの撮影による、自然そのものに神秘性を宿らせるかのような映像美だ。木々の隙間から差し込む光、水、空、そして炎。こうした自然の姿を捉えたショットの数々は、単なる風景描写の域を超え、生命や“自然”という存在そのものを凝視しているかのような感触を残す。
そこへ神秘的な音楽と断片的な編集が重なり合うことで、物語は1950年代のある家族の日常から、宇宙の誕生や太古の生命の営みへと一気にスケールを拡張していく。ともすれば観客を置き去りにしかねないこの大胆な構成に説得力をもたらしているのも、ほかならぬこの圧倒的な映像の力だ。
自然がこれほどまでに美しく、ときに畏怖の念すら抱かせる存在として提示されるからこそ、人間がその前に立ち、神や生命の意味について思いを巡らせ始めることにも確かな実感が伴う。本作における映像美は、決して作品を彩るための装飾ではない。作品が描こうとする思想そのものを成立させる、中核的な要素として機能しているのである。
ひとつの家族の喪失を、生命の長い歴史へつなげる
物語の中心に据えられているのは、オブライエン家と、その家族が抱える喪失。しかし本作は、悲しみを乗り越えていく家族の姿を、ありふれたヒューマンドラマの枠組みに収めようとはしない。
人はなぜ生まれ、なぜ苦しみ、なぜ失うのか。登場人物たちがその問いを神へと投げかけるなかで、物語はやがて人類の歴史さえも飛び越え、宇宙や地球、そして生命の誕生へとさかのぼっていく。
恐竜の時代よりもはるか以前から連綿と続いてきた誕生と死の連鎖。その延長線上に、現代を生きる人間の営みもまた存在している。そう捉えたとき、ひとつの家族が経験した喪失や過ちでさえ、途方もなく長い生命の物語を形づくる一片として映ってくる。個人の悲しみを、そうした壮大な視座から見つめ直すこと。そこにこそ、本作ならではの哲学性が宿っているといえるだろう。
「答え」を渡さず、観客自身に受け取りに行かせる映画
一方で、『ツリー・オブ・ライフ』は、受け身の姿勢のままで気軽に楽しめる類の作品では決してない。家族のドラマに身を委ねていたはずが、気づけば宇宙の彼方や何億年にも及ぶ生命史へと飛躍し、台詞による説明も最小限にとどめられている。物語の筋だけを追おうとすれば、あまりに抽象的に感じられる瞬間も少なくないだろう。
しかし、本作が提示する映像や言葉の意味を自らすくい取り、家族の物語と宇宙規模のイメージがいかに結びついているのかを思索しながら向き合うとき、その印象は大きく変わっていく。本作は、明確な答えを観客に向けて説明する映画ではない。「自分たちはなぜここに存在しているのか」という問いそのものを、観る者と分かち合う映画なのである。
観客に身を乗り出し、自ら作品のメッセージを迎えに行くことを求める大胆な作りでありながら、その先には家族や喪失といった、誰にとっても身近な感情が確かに息づいている。そこまで作品と真摯に向き合う観客がいると信じたからこそ、テレンス・マリックはあえて説明を削ぎ落としたのではないか。そう考えれば、『ツリー・オブ・ライフ』とは、観客の想像力と解釈する力を徹底して信頼した映画であるともいえるだろう。
ライター/エディター/映画インスタグラマー。2019年に早稲田大学法学部を卒業。東京都職員として国際業務等を経験後、ライター業に転身。各種SNS(Instagram・X)やYouTubeチャンネル「cula 見て聞く映画マガジン(旧:アルテミシネマ)」においても映画や海外ドラマ、音楽といったカルチャーに関する情報レビューを発信している。
