『プライベート・ウォー』とはどんな映画?あらすじ・キャスト・魅力まとめ

映画『プライベート・ウォー』(2018)を紹介&解説。


映画『プライベート・ウォー』概要

映画『プライベート・ウォー』は、イギリスのサンデー・タイムズ紙で活躍した実在の戦場記者メリー・コルヴィンの半生を描く伝記ドラマ。スリランカ、イラク、リビア、シリアなどの紛争地を取材し続けた彼女の使命感と、その代償として蝕まれていく心を映し出す。マシュー・ハイネマン(『カルテル・ランド』)が初の長編劇映画監督を務め、ロザムンド・パイクがメリーを熱演。共演にはジェイミー・ドーナン、トム・ホランダー、スタンリー・トゥッチらが名を連ねる。

作品情報

日本版タイトル 『プライベート・ウォー』
原題 A Private War
製作年 2018年
本国公開日 2018年11月2日(限定公開)/11月16日(拡大公開)
日本公開日 2019年9月13日
ジャンル 伝記/ドラマ/戦争
製作国 イギリス/アメリカ
原作 マリー・ブレナー「Marie Colvin’s Private War」(『ヴァニティ・フェア』掲載記事)
上映時間 110分
監督 マシュー・ハイネマン
脚本 アラッシュ・アメル
製作 ベイジル・イヴァニク/マリッサ・マクマホン/マシュー・ジョージ/マシュー・ハイネマン/シャーリーズ・セロン
製作総指揮 エリカ・リー/ジョナサン・ファーマン/アシュリー・シュライファー/ジェフリー・ソブラト/ジョー・ゲルシオン/ベス・コノ/A・J・ディックス
撮影 ロバート・リチャードソン
編集 ニック・フェントン
作曲 H・スコット・サリーナス
出演 ロザムンド・パイク/ジェイミー・ドーナン/トム・ホランダー/スタンリー・トゥッチ
製作 アカシア・フィルムド・エンターテインメント/サヴィー・メディア・ホールディングス/サンダー・ロード・ピクチャーズ/デンバー&デライラ・プロダクションズ
配給 アヴィロン・ピクチャーズ(アメリカ)/ポニーキャニオン(日本)

あらすじ

イギリスのサンデー・タイムズ紙で戦争特派員を務めるメリー・コルヴィンは、世界各地の紛争地へ入り、市民が置かれた現実を伝え続けていた。2001年、スリランカ内戦の取材中に攻撃を受けたメリーは左目の視力を失い、黒い眼帯を着けるようになる。

帰国後もPTSDによる悪夢やフラッシュバックに苦しむが、戦場に取り残された人々へ声を与えたいという思いを捨てることはできない。やがて写真家ポール・コンロイを取材の相棒とし、イラクやリビアを経て、激しい攻撃にさらされるシリアの都市ホムスへ向かう。

主な登場人物(キャスト)

メリー・コルヴィン(ロザムンド・パイク):サンデー・タイムズ紙の戦争特派員。紛争地に生きる市民の声を世界へ届けることを使命とし、周囲の制止を振り切って危険な戦地へ向かう。スリランカで左目の視力を失い、PTSDに苦しみながらも取材を続ける。

ポール・コンロイ(ジェイミー・ドーナン):メリーと行動を共にする写真家。元兵士としての経験も持ち、イラクでメリーと出会う。彼女の大胆な取材姿勢に戸惑いながらも、戦場に取り残された人々の現実を記録していく。

ショーン・ライアン(トム・ホランダー):サンデー・タイムズ紙の海外担当編集者で、メリーの上司。記者としての能力を高く評価する一方、危険を顧みず戦地へ向かおうとする彼女を案じ、たびたび衝突する。

トニー・ショウ(スタンリー・トゥッチ):メリーがロンドンで出会う実業家。戦場の外で生きる可能性を彼女に感じさせる存在となるが、穏やかな日常だけでは満たされないメリーの葛藤にも向き合う。

作品の魅力解説

本作が映し出すのは、単純な英雄としての戦場記者ではない。メリーは言葉によって戦争を人々へ届けようとする一方、極限状態の中で壊れかけていく自身の感情や、危険を承知で戦地へ戻り続ける動機を、言葉だけでは説明しきれない人物として描かれる。勇気と無謀、使命感と依存の境界を曖昧にした人物造形が、伝記映画としての重みを生んでいる。

その言語化できない内面を限界まで鮮明にするのが、マシュー・ハイネマンの映像とロザムンド・パイクの演技だ。ドキュメンタリーで紛争地を見つめてきたハイネマンは、爆撃や負傷者を単なる見せ場として扱わず、戦争に巻き込まれた市民の恐怖と混乱を臨場感のある画面へ落とし込む。撮影を担当したロバート・リチャードソンの映像も、戦地の凄惨さとメリーの主観的な苦痛を結びつけている。

ロザムンド・パイクは、低くかすれた声、眼帯の奥から向ける鋭い視線、ふとした瞬間に崩れる表情によって、強さと脆さが同居するメリーを体現した。煙草を手にする姿も驚くほど似合っているが、それは単なる格好よさだけではない。立ち上る煙や絶え間なく煙草を求める仕草が、彼女の反骨精神と、平静を保とうとする切迫感の双方を伝えている。

戦争について書く記者を、映画という映像表現によって描いたことにも本作の意義がある。記事の向こう側には、惨状を目撃し、それを抱えたまま日常へ戻り、再び戦地へ向かう生身の人間がいる。言葉で戦争を届け続けたメリーの、言葉では表しきれない「個人的な戦争」を、映像と演技によって観客へ突きつける作品である。

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