2月28日(金)、待望の日本公開となったショーン・ベイカー監督最新作『ANORA アノーラ』。昨年のカンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞し、世界中の映画ファンを熱狂させた本作は、ニューヨークのストリップクラブで働く一人の女性の人生を通して、現代アメリカ社会の光と影を鮮やかに描き出す。主演のマイキー・マディソンはすでに英国アカデミー賞主演女優賞を獲得し、米国アカデミー賞でも最有力候補として注目を集めている。ベイカー監督が一貫して追求してきた「社会の周縁に生きる人々の物語」は、本作においてさらなる高みへと昇華した。
『ANORA アノーラ』予告編
『ANORA アノーラ』あらすじ
NYでストリップダンサーをしながら暮らす“アニー”ことアノーラは、職場のクラブでロシア人の御曹司、イヴァンと出会う。彼がロシアに帰るまでの7日間、1万5千ドルで“契約彼女”になったアニー。パーティーにショッピング、贅沢三昧の日々を過ごした二人は休暇の締めくくりにラスベガスの教会で衝動的に結婚!幸せ絶頂の二人だったが、息子が娼婦と結婚したと噂を聞いたロシアの両親は猛反対。結婚を阻止すべく、屈強な男たちを息子の邸宅へと送り込む。ほどなくして、イヴァンの両親がロシアから到着。空から舞い降りてきた厳しい現実を前に、アニーの物語の第二章が幕を開ける。
ベイカー映画の集大成としての『ANORA』

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『タンジェリン』(15年)から『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』(17年)、『レッド・ロケット』(21年)と続くショーン・ベイカー監督の作品群。彼はこれまで一貫してセックスワーカーをはじめとするアメリカ社会の周縁に生きる人々の声に耳を澄まし、その日常を丁寧かつユーモラスに、そして何よりもハートフルに描き出してきた監督だ。
カンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞した最新作『ANORA アノーラ』においても、その手腕は健在。ニューヨークのストリップクラブで働くアニーの物語を、驚くほど高い解像度で、そして観る者の心に確かに沁み入るような筆致で描き切っている。
笑いと涙の狭間で揺れ動く人生劇場

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表層的には実に愉快なコメディとして仕立てられた本作は、観客を何度も爆笑させる絶妙なドタバタ劇の連続だ。しかし、その笑いの裏側には主人公アニーの痛切な現実が横たわっている。彼女の視点から見れば、これは煌めく未来への期待が刻一刻と崩れ去っていく「天国から地獄への急転直下」の物語なのだ。
一度は描いた夢の実現にしがみつこうともがいてみるアニーだが、客観的に見れば状況が好転する兆しは微塵もない。それでも彼女は後に引けず、「損切り」もできない、意地でもしないまま、ただ現状に縋り続ける。こんな“下手なギャンブラー”のような泥臭さこそが、逆説的に彼女の“気高い人間らしさ”を浮き彫りにしていくのだ。
魂を揺さぶる演技の真骨頂

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アニーというキャラクターには、確かに愚かさや向こう見ずな一面もある。だが、世間が安易に想像するような単なる“バカ”では決してない。彼女は外圧に流されない強い芯と、自分の人生を自分の手で切り開く意志を持っている。この複雑なキャラクターを演じたマイキー・マディソンの存在感は圧倒的だ。妖艶な美貌で観る者を魅了する彼女の存在感は、まさにこの役のために生まれてきたと言わんばかりのハマり役である。
その演技力はすでに英国アカデミー賞で主演女優賞を獲得。さらに米国アカデミー賞でも主演女優賞にノミネートされ、授賞式当日の第一候補として名が挙がっている。彼女の演技を目の当たりにすれば、その評価の高さも頷けるだろう。

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今作の奥深さをさらに引き立てている存在が、アカデミー賞助演男優賞にノミネートされたユーリー・ボリソフだ。一見すると鈍重で愚鈍にすら見えるこの青年を、ボリソフは驚くべき繊細さで表現している。物語が進むにつれ、彼の内面に潜む複雑な葛藤、思考の機微、そして何より尊い良心と豊かな人間性が徐々に明らかになっていく。その瞬間、観客である我々は言葉では言い表せないような、心の琴線に触れる感動を何度も経験することになる。ボリソフの細部まで行き届いた演技によって、この映画の情感はより重層的な深みを帯びているのだ。

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本作の真骨頂は、この社会構造への静かな問いかけにある。権力と富を持つ身勝手で尊大な強者たちの声だけが響き渡り、その声に多くの人々が振り回されるような世界の中で、ベイカー監督はあえて「小さき者たち」の側に立つ。失うものなど最初からないほどの切実さと、それでも懸命に日々を丁寧に生きようとする彼らの姿を、偏見や哀れみの色眼鏡なしに映し出す。
『ANORA アノーラ』はついに2月28日(金)公開。現代社会の不均衡な力関係を鮮やかに切り取りながらも、人間への深い愛情と信頼を失わないベイカー監督の映画作家としての到達点と言えるだろう。彼の作品に一貫して流れる人間賛歌は、ここでより純度高く、力強く響いている。
作品情報
監督・脚本・編集:ショーン・ベイカー
製作:ショーン・ベイカー、アレックス・ココ、サマンサ・クァン
出演:マイキー・マディソン、マーク・エイデルシュテイン、ユーリー・ボリゾフ、カレン・カラグリアン、ヴァチェ・トヴマシアン
配給:ビターズ・エンド ユニバーサル映画
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2024年|アメリカ|カラー|シネスコ|5.1ch|139分|英語・ロシア語|R18+
X:@anora_jp
