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【映画レビュー『メン&チキン』】孤島に封じられた“生まれた意味”――ブラックユーモアが照らすアイデンティティの闇

『メン&チキン』より © 2015 M&M Productions A/S, Studio Babelsberg, DCM Productions & M&M Mænd & Høns ApS REVIEWS
『メン&チキン』より © 2015 M&M Productions A/S, Studio Babelsberg, DCM Productions & M&M Mænd & Høns ApS

「マッツ・ミケルセン生誕60周年祭」より、『メン&チキン』を紹介&レビュー。

『メン&チキン』概要・あらすじ

11月14日(金)より始まった特集上映「マッツ・ミケルセン生誕60周年祭」にて上映される『メン&チキン』は、デンマーク発のブラックコメディである。アナス・トマス・イェンセン監督が、孤島の屋敷で暮らす風変わりな兄弟たちの秘密を、ブラックユーモアで描き出す。父の遺言によって養子だと知らされたエリアスとガブリエルは、実父を探して孤島オークへと向かうが、そこで待っていたのは奇妙な異母兄弟たちと、封印された過去だった。主演はマッツ・ミケルセンデヴィッド・デンシック

物語は父の死から始まる。ガブリエルエリアスは、自分たちが養子であり、実父が孤島オークに暮らしていることを知る。ふたりが荒れた屋敷を訪ねると、そこには奇妙な異母兄弟たちが暮らしていた。やがてガブリエルは、閉ざされた家と島に潜む、父の研究の秘密に気付き始める――。

『メン&チキン』より © 2015 M&M Productions A/S, Studio Babelsberg, DCM Productions & M&M Mænd & Høns ApS

『メン&チキン』より © 2015 M&M Productions A/S, Studio Babelsberg, DCM Productions & M&M Mænd & Høns ApS

アイデンティティの葛藤「生まれてもよかったのか」

大胆で唯一無二の設定に貫かれた、シュールで哲学的な1作だ。育ての父が実の父ではなく、自分たちが異母兄弟であると知ってアイデンティティを揺るがされた兄弟たち。身体に異形を抱えた彼らの旅路が始まり、徐々に自身の出生の秘密が明かされていく――その骨格だけを見れば、アイデンティティを問う物語の王道を歩んでいるように思える。しかし、本作の展開は次第に不穏さを増していく。父の闇の研究と、その闇の深い実験が仄めかされ、ショッキングな事実が明らかになるにつれて、自分たちがなぜ異形なのか、その理由が浮かび上がってくるのだ。

『メン&チキン』より © 2015 M&M Productions A/S, Studio Babelsberg, DCM Productions & M&M Mænd & Høns ApS

『メン&チキン』より © 2015 M&M Productions A/S, Studio Babelsberg, DCM Productions & M&M Mænd & Høns ApS

生まれたこと自体に責任などないはずなのに、それでも社会からは異物として扱われる。そんな構図の中に置かれた兄弟やほかのキャラクターたちを通して浮き上がるのが、「どんな身体・どんな精神状態の人間にも、”生きてよい”価値があるのか」という根源的な問いである。出自も、親の人格や倫理も、生育環境も、すべて”選べない”ものだ。そんな彼らが、それでも現在の生き方を”選び直していく”過程を描くという点で、本作は非常に普遍的なテーマを持ち、ダークに見えて実はハートフルな作品となっている。

興味深いのは、そんな異形の彼らですら、他の生き物や他者への思いやりに欠けているという描写だ。最初は笑い飛ばしていた”モンスター”が、気付けばいちばん自分に近い存在に見えてくる――この展開は非常に印象的で、観る者に深い余韻を残す。

『メン&チキン』より © 2015 M&M Productions A/S, Studio Babelsberg, DCM Productions & M&M Mænd & Høns ApS

『メン&チキン』より © 2015 M&M Productions A/S, Studio Babelsberg, DCM Productions & M&M Mænd & Høns ApS

好みを分けるショッキングなビジュアル

しかし、そんなメッセージ性とあたたかさを感じられる本作だが、確実に好みがわかれる作品でもある。その分岐点となるのが、グロテスクなビジュアルだ。生物実験や人間への非道な扱い、そして特殊メイクを多用した本作の美術造型は、どう見ても万人受けするものではない。コミカルでハートフルなトーンに対して、ビジュアルはあまりにもダークすぎる。そのアンバランスさが、観る者を選ぶ要因となっているのは間違いない。

『メン&チキン』より © 2015 M&M Productions A/S, Studio Babelsberg, DCM Productions & M&M Mænd & Høns ApS

『メン&チキン』より © 2015 M&M Productions A/S, Studio Babelsberg, DCM Productions & M&M Mænd & Høns ApS

だが、逆説的に言えば、だからこそこの唯一無二の世界観は、受け入れた者の心に深く刺さる。この極端なコントラストこそが、本作を他のどの作品とも違う特別な存在にしているのだ。

イェンセンの世界観を体現する俳優たち

本作でエリアスを演じたマッツ・ミケルセンは、少しサイコパスじみた発言や行動を繰り返す、複雑にねじくれたクズ男を見事に体現している。冒頭から全開にされるその癖の強い演技、そして彼の奇妙さを際立たせるヘアメイクが、本作の魅力を一段と引き上げている。

『メン&チキン』より © 2015 M&M Productions A/S, Studio Babelsberg, DCM Productions & M&M Mænd & Høns ApS

『メン&チキン』より © 2015 M&M Productions A/S, Studio Babelsberg, DCM Productions & M&M Mænd & Høns ApS

兄弟ガブリエルを演じたデヴィッド・デンシック、そして他の”兄弟たち”を演じた俳優陣も素晴らしい。彼らのメイクや衣装といったキャラクターデザインは絶妙に奇妙で、アナス・トマス・イェンセン監督による独特の世界観を際立たせている。


独特の世界観で笑いとハートフルさ、そして他責思考に陥りがちな人間の弱さを届けてくれる『メン&チキン』は、11月14日(金)より開始となった特集上映「マッツ・ミケルセン生誕60周年祭」にて上映される。この機会を逃さず、ぜひスクリーンで体験してほしい一本だ。

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