映画『ハイパーボリア人』 (および同時上映の短編映画『名前のノート』)が2月8日(土)日本公開。今作は『オオカミの家』や『骨』で世界を唸らせた奇才コンビ、クリストバル・レオン&ホアキン・コシーニャ監督の最新作だ。
『ハイパーボリア人』予告編
『ハイパーボリア人』あらすじ
女優で臨床心理学者でもあるアントーニア(アント)・ギーセンは、謎の幻聴に悩まされるゲーム好きの患者の訪問を受ける。彼の話を友人の映画監督レオン&コシーニャにすると、2人はその幻聴は実在したチリの外交官にして詩人、そしてヒトラーの信奉者でもあったミゲル・セラーノの言葉であることに気づき、これを元にアントの主演映画を撮ろうと提案する。2人に言われるがまま、セラーノの人生を振り返る映画の撮影を始めるアントだったが、いつしか謎の階層に迷い込み、チリの政治家ハイメ・グスマンから、国を揺るがすほどの脅威が記録された映画フィルムを探す指令を受ける。カギとなる名前は”メタルヘッド”。探索を始めるアントだったが、やがて絶対の危機が彼女を待ち受ける…!
圧倒的な没入感を生む実験的手法

©Leon & Cociña Films, Globo Rojo Films
クリストバル・レオン&ホアキン・コシーニャ監督による最新作は、彼らの前作『オオカミの家』が映画界に投じた衝撃を、さらに大きな野心で塗り替えていく。撮影手法、世界観の構築、シークエンスの編成、そしてアニメーションデザインに至るまで、あらゆる要素が既存の表現を超えようとする意志に貫かれたアイデアの宝庫だ。
実験的な表現を多用する作品は、時に手法の斬新さが作品の完成度を損なっているとの評価を受けることもある。だが本作は、そのような固定観念を完全に覆してくるパワフルな1作だ。慣例を無視した表現の数々は、観る者の意識を否応なく作品世界へと引き込み、支配していく。まるで「これはこういう映画なのだ。そのまま食らえ」と脳に直接命じられているかのような没入感。その圧倒的な説得力の前では、すべての型破りな表現技法を受け入れざるを得なくなる。
重層的な世界が織りなす政治的寓話

©Leon & Cociña Films, Globo Rojo Films
筆者はチリの政治史については門外漢だが、それでも本作に込められた社会批評の重みは明白だ。ナチスの影を想起させる表象を織り込みながら、権力による表現弾圧への痛烈な批判を展開する。そして作品は、入れ子状に広がる独特の世界観を通じて、その政治的メッセージを重層的に描き出していく。どこまでも深く、どこまでも複雑に展開していくその世界に、観客は登場人物たちと共に飲み込まれていく。その眩暈すら快感へと変わっていく体験は、まさに本作ならではのものだ。
映画制作の過程や映画史への敬意も織り込む野心作
本作も含む作品群について、監督コンビは「プロセスについての作品を作りたい」という興味深い意図を語っている。その言葉通り、本作にも完成形に至るまでの過程を見せることに執着した映像も多い。セットや小道具が変容していく様子をクリエイティブに描き出しながら物語を紡ぎ出すその手法は、映画制作の裏側をも作品世界に取り込もうとする意欲的な試みだ。それは同時に、映画というメディアが我々の現実と不可分であることの表明でもある。思想や政治、そして生活経験によって形作られる個人の価値観を、極めて誠実に映像化しようとする姿勢が貫かれている。

©Leon & Cociña Films, Globo Rojo Films
さらに注目すべきは、監督たちが歴史を作ってきたクリエイターたちへの深い敬意を示している点だ。『月世界旅行』で知られるジョルジュ・メリエスらが切り拓いた映画黎明期の実験精神に強く共鳴し、本作でもそのハンドメイドな映像美へのオマージュが随所に織り込まれている。VFXや特殊メイクで何でも表現できる現代において、敢えて映画技術の原点に立ち返ろうとするその姿勢からは、表現者としての純粋な創作への情熱が伝わってくる。
表現とメッセージの両面で挑戦的な本作は、レオン&コシーニャ両監督の創作への果敢な姿勢を如実に示している。彼らの今後の挑戦が、映画表現の新たな地平を切り拓き続けていくことは間違いないだろう。
同時上映の短編映画『名前のノート』

©Leon & Cociña Films, Globo Rojo Films
そして今回の上映では短編映画『名前のノート』も同時上映される。こちらももまた、強い印象を残す作品だ。ピノチェト軍事政権下で消息を絶った未成年者たちへの追悼として制作されたこの8分のアニメーションは、若者たちとのワークショップを通じて映像と合唱が紡ぎ出されている。
軍事政権によって誘拐され、ノートの破られ、燃やされたページのように消し去られた若者たちの存在を、消えることのない鉛筆の痕跡になぞらえたかのようなその表現は胸を打つ。記憶を継承しようとする強い意志と、失われた命への深い愛情が、悲しみと怒りを伴いながら静かに心に迫ってくる。本編と響き合いながら、表現の自由と人権の尊さを改めて問いかける、密度の濃い短編作品となっている。
『ハイパーボリア人』 および『名前のノート』は2月8日(土)日本公開。ぜひクリエイティビティとメッセージ性あふれるこれらの世界観に、映画館で没入していただきたい。
作品情報

©Leon & Cociña Films, Globo Rojo Films
『ハイパーボリア人』
原題:Los Hiperboŕeos (英題:The Hyperboreans)
監督:クリストバル・レオン、ホアキン・コシーニャ
プロデューサー:カタリナ・ベルガラ
脚本:クリストバル・レオン、ホアキン・コシーニャ、アレハンドラ・モファット
撮影:ナタリア・メディナ
美術:ナタリア・ギース、クリストバル・レオン、ホアキン・コシーニャ
音響:クラウディオ・バルガス
編集:クリストバル・レオン、ホアキン・コシーニャ、パウロ・カロ・シルバ
音楽:ヴァロ・アギラール
出演:アントーニア・ギーセン、フランシスコ・ビセラル・リベラ
2024年|チリ|スペイン語・ドイツ語|71分|カラー|1.85:1|5.1ch|字幕翻訳:草刈かおり
© Leon & Cociña Films, Globo Rojo Films
『名前のノート』
原題:Cuaderno de Nombres (英題:NOTEBOOK OF NAMES)
監督:クリストバル・レオン、ホアキン・コシーニャ
プロデューサー:カタリナ・ベルガラ
脚本:アレハンドラ・モファット、クリストバル・レオン、ホアキン・コシーニャ
アニメーション:フランシスコ・ビセラル、トリニダード・サンティバーニェス、クリストバル・レオン、 ホアキン・コシーニャ、パウロ・カロ・シルバ、マティアス・ロペス、ラウラ・ドノソ、イシドラ・ロハス、アイエレン・ウルタド、セレステ・チャベス、ヴァレリア・マンリケス・ラマス、アナイス・アギラ ール・アラヤ、ホセフィーナ・アセベド・ゴンサレス、パス・マリン・パレデス、アリソン・カストロ、カーリー・サルガド・ピノ、ヴァリンシア・ルイス・タグル・ガヤルド、ダニエル・バスケス・モレノ、カタリーナ・ワラ、ハリレ・サルバドーラ、フェルナンダ・ベレン・バレンズエラ・リオス
編集:パウロ・カロ・シルバ、クリストバル・レオン、ホアキン・コシーニャ
声の出演:ニナ・サルバドール
2023年|チリ|スペイン語|8分|カラー|1.85:1|字幕翻訳:草刈かおり
© Leon & Cociña Films, Globo Rojo Films
