新作映画『スプリングスティーン 孤独のハイウェイ』を紹介&レビュー。
11月14日(金)から日本公開中の『スプリングスティーン 孤独のハイウェイ』は、『クレイジー・ハート』(2009年)『ブラック・スキャンダル』(2015年)などを手がけたスコット・クーパー監督による音楽伝記ドラマである。伝説的なアルバム『Nebraska』(ネブラスカ)の制作過程を軸に、1982年、成功の重圧と過去に向き合うブルース・スプリングスティーンが、自宅で孤独な録音を重ねていく姿を描く。スプリングスティーン役をジェレミー・アレン・ホワイトが体現し、ジェレミー・ストロングをはじめとする共演陣が物語を力強く支えている。

『スプリングスティーン 孤独のハイウェイ』 ©2025 20th Century Studios
1982年、成功の重圧に苦しむブルース・スプリングスティーンは、ツアーを離れて自宅にこもり、自分自身の内面と向き合い始める。4トラックのマルチトラックレコーダーの前でひとり歌ううちに、やがて迷える人々の物語を宿した曲が次々と生まれていく。そのデモテープが、彼のその後の道を大きく左右することになる。
栄光の影を歩む孤独の旅路
日本版サブタイトル「孤独のハイウェイ」が示すとおり、本作は孤独と向き合う一人のロックスターの旅路を描いている。世間からは成功者として賞賛され、女性にもモテる、才能と人気に恵まれた存在——表向きはそう見えるロックスターだが、ブルース・スプリングスティーンは誰にも言えない孤独を抱えていた。

『スプリングスティーン 孤独のハイウェイ』より ©2025 20th Century Studios
車のラジオから自分の曲が流れた瞬間、彼はすぐにスイッチを切る。カメラを置き去りに、遠く遠く、ぽつんと小さくなっていくブルースの車。華やかな成功を素直に喜ぶことができず、一人きりで憂鬱を抱え込む彼の姿は、映像表現として強烈に印象に残る。幼少期の親子関係に起因するトラウマもあり、彼が抱える闇は深い。本作は、そんなロックスターの繊細な内面に真正面から向き合い、スクリーンに刻み込んだ伝記映画である。
ジェレミー・アレン・ホワイトの才能と努力

『スプリングスティーン 孤独のハイウェイ』より ©2025 20th Century Studios
そんなスプリングスティーンを演じたジェレミー・アレン・ホワイトの演技なくして、本作は成立しない。ディズニープラスで配信中の人気ドラマシリーズ『一流シェフのファミリー・レストラン』の主演俳優として一躍脚光を浴びたホワイトは、本作でもその圧倒的な演技力を遺憾なく発揮している。スターとして注目を集めながらも、生育環境と孤立した現状の中で抱え込んでしまった孤独と憂鬱を、繊細な演技で体現してみせた。

『スプリングスティーン 孤独のハイウェイ』より ©2025 20th Century Studios
だが、それだけではない。ホワイトの本作でのスプリングスティーン役は、そもそも「ギターも弾けない、歌えない」というゼロ地点からのスタートだった。それでも製作陣の信頼を得て抜擢されたホワイトは、わずか7ヶ月で歌とギターを徹底的に叩き込んだという。練習にはスプリングスティーン本人から贈られた1955年製Gibson J-200を使用し、基礎から学ぶ時間的余裕がないため、5曲のブルース・スプリングスティーン楽曲に絞り込んで集中特訓を重ねたそうだ。
単なる表面的なコピーに留まらず、スプリングスティーンという人間の本質に迫ろうとしたホワイトの演技は、本作の核となり、ステージ上でも屋内でも車内でも、鮮烈な存在感を放っている。

『スプリングスティーン 孤独のハイウェイ』©2025 20th Century Studios
本作を支えたもうひとりのジェレミー、ジェレミー・ストロングの存在も見逃せない。マネージャー兼プロデューサーのジョン・ランダウを演じたストロングは、ブルースの危うい状態に誰よりも早く気づき、彼の命綱として寄り添い続けた重要人物を、温かみと冷静さを兼ね備えた支柱のような演技で見事に作り上げている。
音楽シーンのこだわりと熱狂
ロックスターの伝記映画だけあって、音楽シーンの描写や録音には徹底的なこだわりが貫かれている。冒頭から心地よく響くギターの弦の音色が耳を捉え、レコーディングシーンでは音楽がスタッフたちの心を一瞬で掴む瞬間が克明に描かれる。

『スプリングスティーン 孤独のハイウェイ』より ©2025 20th Century Studios
ライブシーンの熱狂も圧巻で、スクリーンを通してその熱気がダイレクトに伝わってくる。この音楽表現の豊かさこそが、本作を映画館で体験する最大の理由だろう。
ジェレミー・アレン・ホワイトの圧巻の演技によって鮮やかによみがえる、『Nebraska』制作当時のブルース・スプリングスティーンの苦悩。スプリングスティーンのファンはもちろん、彼の音楽に馴染みのない観客にとっても、本作は映画館の音響と大画面で体験する価値のある一作だ。『スプリングスティーン 孤独のハイウェイ』は11月14日(金)から日本公開中。
ライター/エディター/映画インスタグラマー。2019年に早稲田大学法学部を卒業。東京都職員として国際業務等を経験後、ライター業に転身。各種SNS(Instagram・X)やYouTubeチャンネル「cula 見て聞く映画マガジン(旧:アルテミシネマ)」においても映画や海外ドラマ、音楽といったカルチャーに関する情報レビューを発信している。
