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【映画レビュー『盤上の向日葵』】どこへ行っても“詰んでいる”? 社会にあがく不幸な駒たちの重厚なサスペンスドラマ

© 2025 映画「盤上の向⽇葵」製作委員会 REVIEWS
© 2025 映画「盤上の向⽇葵」製作委員会

最新映画『盤上の向日葵』を紹介&レビュー。


10月31日(金)より公開となった映画『盤上の向日葵』。物語は、山中で発見された謎の白骨死体から幕を開ける。事件解明の鍵を握るのは、遺体の傍らに残されていた、この世にわずか7組しか現存しない希少な将棋駒だ。

やがて容疑の目が向けられたのは、突如として将棋界に現れ、瞬く間に時の人となった天才棋士・上条桂介(坂口健太郎)。捜査が進むにつれ、桂介の過去を知る重要人物として浮上してくるのが、賭け将棋で裏社会を渡り歩いてきた男・東明重慶(渡辺謙)である。桂介と東明——二人のあいだにいったい何があったのか。ベールに包まれていた桂介の生い立ちが次第に明らかになっていくのだが、そこには想像を絶するほどの過酷な運命が横たわっていた……。

© 2025 映画「盤上の向⽇葵」製作委員会

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将棋のように詰んでいく人生

将棋とは、駒を操りながら相手の選択肢を一つずつ奪っていき、最終的には”詰ませる”——どう足掻いても敗北から逃れられない状況へと追い込むゲームである。本作に登場する何人かの中心人物たちもまた、人生のどこかの時点で、あるいは生まれ落ちたその瞬間から、すでに“詰み”の影が見えてしまっている。将棋×サスペンスという本作のコンセプトは、単なる題材の組み合わせに留まらず、こうした登場人物たちの運命を暗示する装置としても機能しているように感じる。

© 2025 映画「盤上の向⽇葵」製作委員会

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物語の中心に棋士が据えられているだけあって、将棋のシーンには並々ならぬ気迫が漲っている。将棋の大会システムや細かなルールに明るくない観客であっても、盤上で繰り広げられる戦いの緊張感、一手一手に込められた魂の重みは十分に伝わってくるはずだ。映像表現へのこだわりが随所に感じられ、それが本作全体を貫く知的で重厚な空気感の醸成に大きく寄与している。

盤石なキャストが与える吸引力

キャスティングもまた盤石である。坂口健太郎が見せる、どこか諦めたような冷ややかな眼差しと静かな存在感、渡辺謙が纏う有無を言わせぬ強者の風格と底知れぬ不穏さ、そして小日向文世による優しさと誠実さが滲み出る名演。こうした豪華実力派俳優陣が織りなすドラマは、それだけで観る者を物語の中へと引きずり込む吸引力を備えている。

© 2025 映画「盤上の向⽇葵」製作委員会

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重厚なサスペンスドラマ

こうした豪華キャストによって紡がれる物語は、単なるサスペンスの枠には収まらない。家庭内暴力が刻む深い傷痕、誰にも救いのない闇の真相、そして他人の不幸を前にして善意から差し伸べられる手が孕むリスクと躊躇い、さらには優しげな言葉で近づいてくる者たちの浅ましい思惑とエゴ——本作が描く人間ドラマは実に重層的だ。殺人事件の謎解きや「将棋界の天才の素顔に迫る」といった表層的なプロットに留まることなく、人間の業と苦悩を掘り下げていく姿勢こそが本作の真骨頂と言えるだろう。

“詰んでいる”ように見える人生において、人はどうあがくべきなのか。どのタイミングで勇気ある一手を打てば、わずかな活路が開けるのか。しかし一度詰んでしまえば、どれほど力強く見える一手であっても、それはもう悪手でしかないのかもしれない。将棋というゲームに人生を重ねてみると、そんな苦い真理が浮かび上がってくる。重厚なサスペンスドラマ『盤上の向日葵』は10月31日(金)より公開中だ。

© 2025 映画「盤上の向⽇葵」製作委員会

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